不確かな世界でビジネスのための確かな道徳観を探る

by ローズ・マーカリオ

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過去数か月にわたり、ビジネス環境は劇的に変化しました。それは通商政策や税制改革について言っているのではなく、私たちの民主主義の根底が脅かされている現在、多くのビジネスリーダーが感じている道徳的/倫理的な不確かさのことです。毎日のように新たな不正義が浮上し、私たちはそれについて意見し、行動することを要求されています。それは多くの場合、ビジネスとしての選択ではなく、人間としての義務であり、ときとしてその両方です。

こういった混沌のなかで、いくばくの勇気と慎重な計画があれば、いまビジネスには世界的なリーダーシップの欠如を埋める刺激的な機会が存在します。誰もが考えている疑問は次のようなものです:どうすれば企業はビジネスの必要性に焦点を当てながら、同時に収益よりもさらに大きな緊急の道徳的義務に効果的に対応できるのでしょうか。これは多くの会社にとって未知の領域なのです。

【 家族が夕刻を一緒に過ごせるようにパタゴニアの託児所は5時半に閉まる。写真:Kyle Sparks 】

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にわか仕立て

by カール・ゾック

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僕らは切望していた。誰も通った形跡のないシングル・トラック、過酷な登り、冷や汗ものの下降、孤独、そして泥……。友人4人と、荷物満載のマウンテンバイク(速攻で詰め込んだサバイバル・スタイル)、曖昧な計画と限られた時間。濃縮された時間のなかで制限を付けずにトレイルがどこへつづくかを見てみようということで、全員が同意していた。1か月どころか、1週間でもない。にわか仕立ての1泊という時間で、僕らはなんとか求めていたものを見つけることができた。コロラド州クレステッド・ビュート必見のトレイルのちょいと先で過ごした時間は、僕らの欲望を十分に満たしてくれた。それは無論、次回までの話だが。

【 ダウンヒルをかせぐリンジー・プラント、ザック・スミス、タラ・アバティキオ。スター峠までの上りはほぼ4キロのスムーズな下降と、笑顔で痛くなる顎の筋肉という巨大な見返りをもたらす。写真:Carl Zoch 】

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ウーリー、きみはもういない。

by スティーブ・ハウス

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世界中のクライミングのコミュニティと同じように、パタゴニアも著名なスイスの登山家、ウーリー・ステックが2017年4月30日にネパールで逝去したニュースに深い悲しみを抱いています。アルピニストのスティーブ・ハウスが彼への思いを綴ってくれました。

「ある程度のリスクを冒す価値のある夢もある」
—ウーリー・ステック

ウーリーは僕にとってこれまで、そしてこれからもリーダーでありつづける。彼は改善し、鍛錬し、自分に試練を与え、再発見しつづけるための絶え間ない動機を内に秘めたビジョナリーだった。ウーリーは人生そして登攀についての偉大かつ深淵なストーリーを綴った。彼は自身の人間性、謙虚さ、誇り、そしてエゴをよく知るようになった人間で、この世界では稀な、ある種の体得した知恵をもっていた。彼は僕らに多くを教えてくれた。彼の物語の突然の終焉により、この世界は貧しいものとなった。人生の次の40年でアルピニズムを通して彼が学んだことを、僕らは聞く必要があったのだ。

【 フレンチ・アルプスのモンブラン・デュ・タキュール(4,248メートル)のスーパークーロワールを登るウーリー・ステック 】

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スリランカへの再訪

by ベリンダ・バグス

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ほぼ10年ほど前、永遠に割れつづけ、見渡すかぎり人っ子ひとりいない神秘的なポイントの話を耳にしました。そんな話を聞いてぜひとも行ってみたいと思わないサーフィン中毒者がどこにいるでしょう。それがたとえ渡航勧告を無視し、内戦によって不安定な状況がつづく地域に足を踏み入れることであっても。

若くて経験もなく、ほぼ間違いなく愚かだった私は、数人の友人とともに旅に出て、アルガムベイで人生最高の波を体験しました。そこはスリランカの南東沿岸に位置し、時間が緩やかに流れる漁村でした。2004年のインド洋大津波から1年が経っていた当時、長年の武力紛争に苦しんできたこの地域は、やっと一般市民に開放されたところでした。

軍による検問はひんぱんにありました。車内で昼寝をして目を覚ますと、AK-47ライフルを頭に突きつけられながら、車の上に積んでいる荷物について質問を受たりもしました。それはこの旅は間違っていたと思うに十分な体験でした。でも車の上にあるのはサーフボードだけだと伝えると、彼らは笑顔とシャカサインで別れを告げていきました。これらはスリランカ人をうまく象徴している体験だと思います。彼らは戦争の真っ只中でも、笑顔を分かち合うことを忘れていませんでした。

【 「家を離れる私の旅の中心は、たいてい冒険と波の追求。この旅も、スリランカの暖かい水と神秘的なポイントブレイクの再訪として、ほぼ同じようにはじまったの。 でもパタゴニアがフェアトレード・サーティファイド製品をここから調達すると知って、それらがどのように作られているかを見る機会にも飛びついたわ」 写真:Jarrah Lynch 】

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マラマ・ホヌア:ホクレアの希望の航海 パート5 ホクレアよ永遠に

by ジェニファー・アレン&ジョン・ビルダーバック

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風はなく、波は穏やかだ。双胴型航海カヌー「ホクレア」のまわりでさざ波を立てているのは、大きな円を描きながら子供たちが漕ぐパドルボードだけ。船首にはティリーフの花冠が掛けられ、帆は巻かれたままマストに結ばれている。ハワイの王のマントと同じ深紅に染められたこれらの帆は、強い風のなかでは 15 メートルにわたって広がる。

ホクレア号はすでに 1 週間ほど、ヒロの近くにある湧水の入り江パレカイに係留していた。商船、貨物コンテナ、石油タンクが溶岩石で囲まれた湾に並ぶなか、ホクレア号はまるで島のように、臆することなくしっかりと錨を下ろし、風が吹くのを待っている。

【 世界航海の開始にあたるヒロでの出航儀式中、レイを船首にかけるヒキアナリア 号の乗組員のエルヴェ・マラエタアタ。パレカイ(「防波堤」または「海から防御する こと」の意)での儀式は、旅立つホクレア号の乗組員を守り慈しむため、地元地域 からの温かさとアロハによって行われた。写真:John Bilderback 】

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The More Things Change (変われば、変わるほど):ジェリー・ロペスのウルワツ・トークストーリー

by ジェリー・ロペス 

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ジェリー・ロペスがはじめてウルワツでサーフィンをしたのは1974年のことでした。バリの伝説的な波は美しく魅惑的で、辺りは閑散としていました(詳細は後述)。そして40年後、ジェリーはそこでヨガの合宿を主催し、教室の合間に波に乗り、ウルワツを次世代に残す保護活動を支援するため、戻ってきました。この短編ドキュメンタリーでは、ジェリーがウルワツとサーフィンを変化の隠喩として使いながら、ブキット半島、バリ、そしてサーフィンを越えた多様なメッセージを伝えています。ネイサン・マイヤーズ監督の『The More Things Change (変われば、変わるほど)』は、ジェリー・ロペス、デーブ・ラストヴィッチ、ロブ・マチャド、リザール・タンジュンのサーフィンにスポットを当てています。

【 ウルワツの崖を背景にボトムターン。この頃はまだ丘の上にホテルを建てようと考える者すらいなかったはずだ。写真:Dana Edmunds 】

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マラマ・ホヌア:ホクレアの希望の航海 パート4 正しい方向

by ナイノア・トンプソン

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1975 年の進水以来この魔法のような船「ホクレア」の、地域と人びとを結び、刺激し、変える力を目撃してきました。そのデッキの上で太平洋の民は、それまで 600 年間も眠っていた天文航法、ウェイファインディング、遠洋航海のアートと科学をよみがえらせました。ホクレア号で航海してきたこの 40 年間私たちが教えられてきたのは、過去を振り返りながら未来への期待を強め、祖先の技術と知恵と価値観を現在に活かし、私たちが暮らすこの地球という島をより明るい目的地へとかじ取りする手助けをするよう呼び掛けることでした。

ホクレア号が 1970 年代の苦闘から生まれた希望の灯台であったように、困難の多いこの時代に最大級の環境的/社会的問題の解決に取り組む世界中の 100 以上の地域に希望の光を照らすため、私たちは史上初の世界航海に乗り出しました。

【グレート・バリア・リーフを抜ける航路にてマカアラ(覚醒)の状態を保つ、 ポゥ航法師のナイノア・トンプソン。ポリネシア航海協会の代表でもあるナイノア船長 は、人生の半分以上におよぶ 35 年間にわたってホクレア号の舵を取り、祖先の伝統 に習って星、風、月、波、鳥、魚を頼るべき指標としてきた。写真:John Bilderback 】

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走りゆく公園

by ケイティ・ミラー

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起きぬけのボーッとした状態で寝袋に入ったまま、 足元のジッパーだけを開けてキャンプのキッチンに ヨロヨロと歩み寄り、仲間と朝の挨拶を交わした。 肌寒かったけれど、荷物を軽くするためにウェアは 最小限しか持ってきていなかった。

私は寝袋から手を出して、温かいコーヒーを握った。すると東の霞のなかに、2頭の雄のバイソンが姿を見せた。高く生い茂った草のあいだをぶらつく彼らを、私たちは無言の驚嘆で見つめた。待ち受ける長距離のことを考えると、これは幸先のいいス タートに思えた。私は驚嘆するのが大好きだ。

私たちはランナー、写真家、ローカルから成る チームで、メンバーはジャスティン・アングル、ウォーカー・ファーガソン、ボー・フレッドランド、フレド リック・マームセイター、私の5人。モンタナ州クッ ク・シティからイエローストーン国立公園の中心地オールド・フェイスフルまでの225キロメートルを5日間で走る、バックカントリートラバースをしていた。前日に出発した私たちは最初の48キロメートルを消化。「野生」の意味の世界共通の概念を象徴する、この野生の縮図のなかで展開する環境や政策にまつわるストーリーを、現場で直接体験することが目的だった。

【 5 日間で 225 キロ メートルを走る旅には、類い稀な 地形がたっぷり含まれている。 ショショーニ・ガイザー・ベースン を駆け抜けるケイティ・ミラー、 ボー・フレッドランド、ウォーカー・ファーガソン、ジャスティン・ アングル。ワイオミング州イエローストーン国立公園 】

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マラマ・ホヌア:ホクレアの希望の航海 パート3 ニュージーランド

by ジェニファー・アレン&ジョン・ビルダーバック 

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ホクレア号は世界航海をつづけながら、私たちの「地球島」をいたわる「マラマ・ホヌア」を実践する人びとの国際的なネットワークを紡ぐ。昨年の秋にはアオテアロアのワイタンギに上陸し、数百人に迎えられた。マオリ族はニュージーランドをアオテアロアと呼び、その意味は「白雲が長くたなびく地」だ。太平洋の島々に最初に定住したポリネシア人の移動経路をたどりながら、ホクレア号がはじめてアオテアロアに航海したのは30年以上前のこと。1985年の上陸当時、壮大なカヌーが海を横断する姿に感銘を受けた地元のリーダーは、ハワイ人たちをニュージーランド最北の地、タイ・トケラウの第6部族と名づけた。

【 マオリ族はニュージーランドをアオテアロアと呼び、その意味は「白雲が長くたなびく地」だ。マウント・タラナキ、ニュージーランド北島。写真:John Bilderback 】

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より良く知り、より良く行動する

by デイヴ・ラストヴィッチ

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スリランカのコロンボ近郊でパタゴニア製品を製造するフェアトレード認証済みの工場、MAS アクティブ・レジャーラインに足を踏み入れると、感覚をまず刺激するのはその音だ。

鮮やかな緑色の作業服を着た数百人の従業員が、蛍光灯の白い光の下で列をなす裁断機とミシンを操作している。スリランカの伝統音楽が機械に負けない音量で作業場に流れている。僕は騒音のなかに立ち、パタゴニアのサーフィン製品がどこで、誰の手によって作られているのか、また従業員がどんな待遇を受けているのか、もっとはっきりと理解しようとする。

【 スリランカのMASアクティブ・レジャーラインを訪れるデイヴ・ラストヴィッチ。パタゴニアはこの工場と提携を結び、そのフェアトレード認証の獲得に協力した。写真:Jarrah Lynch 】

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クリーネストライン

アウトドアウェアを製造/販売するパタゴニアの社員、友人そしてお客様のためのブログです。パタゴニアについては patagonia.jp をご覧ください。

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