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クラウド・リッジ、ここだけのストーリー:これは、日本の山を愛する日本人アンバサダーたちのパッションの結晶だ

花谷 泰広  /  2017年5月31日  /  読み終えるまで9分  /  デザイン

2014年3月、当時アルパインクライミング・アンバサダーだった横山ジャンボ勝丘、谷口けい、そして花谷泰広の3人が鎌倉の日本支社オフィスに集い、日本支社スタッフ3名を交えてミーティングをした。そのときの議事録を久しぶりに開いてみた。多くがレインウェアに関する話題だったが、よく読むと、今回のクラウド・リッジに組み込まれたさまざまな構想は、このミーティングで出尽くしているようにも思える。それぐらい具体的なアイデアが出ていた。

アンバサダー3名の活動に、それぞれ強烈な個性があったことも良かった。よりクライミング目線で意見できる横山。女性目線や登山者目線の鋭い谷口。そして山岳ガイドという目線のある花谷。じつはレインウェアのニーズは、それぞれの立場によって大きく異なるものだ。たとえばクライミングに特化させたいのであれば、M10ジャケットのように極限まで軽量化を求めたい。ガイドであるならば、多少はかさばってもできる限り摩耗に強い丈夫な製品がほしい。僕も自分のクライミングで使うものとガイドで使うものとでは、違うことが多い。それらを両立させることは、実際とても難しい。女性の登山者であれば、見た目も大切かもしれない。しかし、ただひとつ共通点がある。それはデザイン自体が美しく、機能的でシンプルであること。まだ見ぬクラウド・リッジの模索は、そんなところからはじまった。

そうした議論をしながらも、じつのところあまり期待していなかった。何に?実際に製品化されることにだ。これまでのパタゴニア製品は、ほぼすべてがアメリカで企画されたものだ。アメリカで企画されたものに対して、日本からフィードバックをして良い製品に仕上げてはいくが、日本でゼロから立ち上げる企画はなかった。だから今回も期待はしていなかった。ところが、日本主導でGoとなったのだ。正直なところ耳を疑ったが、走り出したら早いのもアメリカ流なのか、開発期間中は多忙を極めた。タイトなスケジュールで、アメリカとの会話のキャッチボールがつづき、プロトタイプが届けば、アンバサダー全員でフォローして動いた。幸いなことに、テストするアンバサダーは全員山梨県北杜市に住んでいた。住所はそこにあるが、実際は世界中に散らばっていることが多いのもまた事実だが……。

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そのころには、今井健司と加藤直之がパタゴニアのアンバサダーとして加わり、それまでの3名だったのが、5名の目線で製品を熟成させることができた。とくに北杜市のレストランDILL eat,life.で行った極秘ミーティングでは、多くの意見が飛び交い、デザインに関しては、必要かつ十分な機能に絞り込むことで、あえてできるだけシンプルな製品となるようにこだわった。またジャケットだけでなく、使い勝手も着心地もいいパンツを作ることにも力を入れることになった。

ジャケットに関しては、フードはヘルメット対応を基本とした。剱岳や穂高岳など、国内でもエリアによっては近年ヘルメット着用を推奨する動きが加速している。実際この何年かでヘルメットを着用する登山者が確実に増えたことは実感していたが、他社製品はまだそこまで対応していないものも多く、この機能は外せないと考えた。またサイドポケットについても、少し高い位置に設けることでバックパックのウェストベルトが干渉しないだけでなく、ベンチレーションの役割も果たすことができる。ジッパーはPUジッパーにすることで機能的なだけでなく、見た目もスッキリさせるよう工夫した。

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そしてパンツにも妥協なくアイデアを注ぎ込んだ。立ち小便する様を指で表現して、パンツの前立てサイズの重要性を熱く語っていたジャンボの意見が印象的だったが、これは男にとってはとても重要な話であり、即採用となった。また、膝上まで上がるジッパーはブーツを履いたままの着脱がしやすいだけでなく、ダブルジッパーにすることでベンチレーションの役割を追加することができる。さらに膝の立体裁断を備えることで、しっかりと足を上げる動きに追随するデザインを心掛けた。しかもシルエットはすっきりとしている。これらはユーザーとしての僕が絶対に欲しかった機能でもある。

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それから細かい点であるが、本体収納用のスタッフサックはあえて少し大型にした。小型のバッグで小さくすることは可能だが、それではフィールドでの収納が大変になることと、小さく硬い塊になってしまうためにパッキング時に無駄な空間ができてしまう。こうして僕たちが何の遠慮もなく出す意見を、日本支社マーチャンダイジング担当の片桐さんがUS本社のグローバル・アルパイン製品チームと調整し、2016年春、ついにクラウド・リッジが完成した。

今回は製品の企画だけでなく、クラウド・リッジのキャンペーン動画も日本の山で撮影することになった。僕が推薦した山は甲斐駒ヶ岳だった。日本を代表する山というだけでなく、豊かな森となっている里山からスタートし、開山200年の歴史を感じながら、石仏や石碑が並ぶ登山道をひたすら登り、そして最後は森林限界を越えて非常に見晴らしのいいピークに出るという、日本の大きな山でしか味わえない雰囲気があるからだ。製品のプロモーションだけでなく、日本の山のプロモーションもしたかった、というのが正直な気持ちだ。

クラウド・リッジ、ここだけのストーリー:これは、日本の山を愛する日本人アンバサダーたちのパッションの結晶だ
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製品完成後6月の甲斐駒ヶ岳での撮影当日、ちょうどいい感じで雨が降ってくれた。もちろんクラウド・リッジにとってはいちばん活躍できるコンディションだ。歩いていると、普段何気なく見逃している雑草ですら、雨のしずくをまとって思わず立ち止まりたくなる美しい姿を見せてくれる。雨の山でこそ見ることができる特別な瞬間だ。ピークに立つころには雨が上がり、今度は青空と南アルプスの山々が出迎えてくれた。こればかりは甲斐駒ヶ岳の神様に感謝である。余談ではあるが、クラウド・リッジの防水性と撥水DWR(耐久性撥水)加工を証明する映像として、滝に打たれる場面があった。もちろん防水/撥水は保ってくれたが、水温はかなり低かった。おまけに撮影スタッフはリクエストが多く、なかなか思い出深いシーンとなった。カットされていないことを祈るばかりである。

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出来上がった製品の評価については、ぜひ皆さまから声をいただきたい。残念ながら、我々の意見がすべて反映できたわけではない。あきらめざるを得なかった部分もある。それでも与えられた条件のなかで、これ以上のものはないと自負している。透湿性についていえば、2014年の最初のミーティング時に僕が発言したそれまでのレインウェア着用時の不快感は、甲斐駒ヶ岳での使用時には感じられなかった。撮影に同行したスタッフも、「裏地が設けられていることでいったん汗や蒸気が裏地のなかに隠しこまれるため、2.5レイヤー等で直接肌に水分が触れる不快感が無く、行動中のストレスが格段に少なくなった」、「ジャケットのポケットと併用のベンチレーションと、場合によってはフロントジッパーやパンツの横に設けられたジッパーを戦略的に使うことで、さらに効果的に快適性を増すことができた」、「膝裏に汗をかきやすいが、パンツのサイドジッパーのおかげで快適だった」等、コメントしている。ぜひこの製品とともに、行動が許される範囲であれば、雨の山も楽しんでもらいたい。そこにはまた、違った風景が待ち構えているはずだ。日本の山には、僕たちが甲斐駒ヶ岳で出会ったように、雨でしか出会えない景色がある。山頂に立っても何も景色は見えないかもしれないけど、ふと足元に、思いがけない出会いがあるかもしれない。

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最後に、この製品を開発している最中に、大切な仲間を2人も山で失った。谷口けいと今井健司。2人とも、僕の人生に大きな影響を残したクライマーであり、かけがえのない友人でもあった。彼らのことをこの製品のプロモーションのネタにするつもりはない。でも、この場でだけは言わせてほしい。

今井健司。ケンシには山岳ガイドという仕事があったが、夏のあいだは富士山山頂の旧富士山測候所の保守管理の仕事もしていた。言うまでもなく、とても過酷な環境の富士山頂。これ以上のフィールドテストの環境はなかなかない。まだ生地がとても分厚かったプロトタイプを嵐の日の外作業に使用して、いつものあの笑顔が容易に想像できる文面で「良かったですよ!」と報告してくれた。製品化をともに喜びたかった。

谷口けい。ケンシがチャムランで行方不明になったとき、けいちゃんと僕もネパール・ヒマラヤにいた。僕たちがカトマンズに戻ったときにはすでに捜索は打ち切られ、事故後の重苦しさだけが残っていた。あの何ともやりきれない時間をともに過ごしたすぐあとに、まさかけいちゃんまでこの世を去ってしまうとは。女性らしく、雨のなかで楽しくなるデザインや色のことをいちばん強調していたのはけいちゃんだった。一緒に雨の山を歩きたかったよ。

このクラウド・リッジは、2人のパッションもぎっしり詰まった製品になった。多くの人に愛される製品になってほしい。

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