マラマ・ホヌア:ホクレアの希望の航海 パート3 ニュージーランド
ホクレア号は世界航海をつづけながら、私たちの「地球島」をいたわる「マラマ・ホヌア」を実践する人びとの国際的なネットワークを紡ぐ。昨年の秋にはアオテアロアのワイタンギに上陸し、数百人に迎えられた。マオリ族はニュージーランドをアオテアロアと呼び、その意味は「白雲が長くたなびく地」だ。太平洋の島々に最初に定住したポリネシア人の移動経路をたどりながら、ホクレア号がはじめてアオテアロアに航海したのは30年以上前のこと。1985年の上陸当時、壮大なカヌーが海を横断する姿に感銘を受けた地元のリーダーは、ハワイ人たちをニュージーランド最北の地、タイ・トケラウの第6部族と名づけた。
乗組員を迎えた数百人のマオリのなかにいたマイク・スミスはンガプヒ部族の一員で、彼の曾々祖父は「テ・ティリティ・オ・ワイタンギ」というマラエ(部族が船長と乗組員のために熱烈なハカ(マオリの伝統舞踊)を披露した集会場)の建設に携わった首長だ。環境保護活動家でもあるマイクは、海や土地の健康を弱体化させかねないさまざまな問題に関する部族民の理解を深めるために、多くの部族と協力しながらアオテアロア全域で活動している。
雨が激しく降る午後、マイクはマラエの近くに駐車したトレーラーハウスの運転席に座ってお茶をすすった。この数週間マイクはパートナーのヒネカア・マコとともに、近くのドックへのカヌーの牽引や、共通の故郷ポリネシアの地への帰還を迎える歌など、ホクレア号の乗組員のあらゆる要望に対応できるよう準備を整えていた。マイクは排気ガスが出ないLPGバイオ燃料で走る、ワンベッドルームのトレーラーハウスのなかで、マオリが実践する「マラマ・ホヌア」について語り、ヒネカアは傍でそれを聞いていた。
マイク・スミスの言葉
マオリの行動規範の基盤において、自然は最高の位置にあり神格化されている。タンガロアは海の神、ランギヌイは父なる天空の神、パパトゥアヌクは母なる大地の神。環境をいたわることは我々の文化の基盤の一部であり、生活の包括的指針でもある。マオリには、最初に釣った魚は必ず海に返すという風習がある。もう1匹釣れたら、それは自分のものになる。これは利己的でない持続可能な方法だ。
我々の祖先は自然と密接に調和して暮らした。そうせざるを得なかったからだ。自然に敬意を払い、決して自然を悪用してはならない。もちろん精神的な要素もあったが、同時にまったく実用的な選択でもあった。水を汚せば、自分が死ぬ。海の魚をすべて食べてしまえば、自分が死ぬ。木をすべて切り倒してしまえば、自分が死ぬのだ。
自然に逆らうことはできない。環境は我々の生活の枠組みだ。その枠組みが健康で正しくなければ、社会問題もその他の問題も無意味に等しい。
ここ東海岸沿いでは、マオリはクジラと深いつながりを持つ。伝説の勇者パイケアは、クジラの背中に乗ってこの土地へ来たと言われている。クジラはラロトンガからケルマディック海溝に沿って移動する。この海溝は地表の亀裂で、ケルマディック諸島とアオテアロアのあいだには50以上の海底火山が並んでいる。地球上で最も長い火山弧のひとつで、太平洋では最も深い海溝だ。それをたどるとここに出る。ホクレア号がここへ帆走したのと同じ航路だ。この航路をたどることを我々は「クジラの道に乗る」と呼ぶ。毎年ここでは、水平線に群れをなして移動してくるクジラの姿を見ることができる。
我々の祖先はクジラと親密な関係にあった。クジラは鋭い知覚を備えた存在であり、我々はクジラを従兄弟と見なす。太平洋を横断して他の国や他の土地へと案内してくれるものはすべて「カイティアキ」、つまり自分を守り導く保護者であると考える。カイティアキに敬意を払えば、それは自分を見守り、行くべき場所へと導いてくれる。ある意味でこの生き物は我々が迷わないように守ってくれているのだ。
深海石油探索では、地震探査を利用して石油の有無を探る。石油会社いわく、この探査は人間の生活を煩わせることはないと言う。しかしクジラとその生活にとってはどうだろう。地震探査は侵略的でうるさい。ジェットエンジンの100倍うるさい。そのけたたましい音響は水深3,000メートルを貫通し、海底からさらに4キロメートル下まで進んだ末に、跳ね返ってハイドロホンで収集される。クジラの聴覚を不能にさせかねず、クジラが進路を決めて互いにコミュニケーションを取るための能力の妨げとなる。騒音を逃れるために急速に水面に浮上したクジラは、減圧病になって死ぬ。または騒音から離れるために音が消散する浅瀬へと移動し、そこで座礁する。
政府は深海探索許可の範囲をさらに広めようとしている。海域を区分して、すべての石油会社が各区域の探索許可証に入札できるようにした。現在、政府はニューカレドニア海盆とウエストコースト海盆の2区域を探索用に割り当てている。それはまさにラロトンガからニューカレドニアへ向かうクジラの移動経路であり、しかも翌月に計画されている地震探査はその移動時期とも重なる。
地震探査がはじまる前に、海洋哺乳類が区域内に生息するかどうかを確認するための基礎調査が実施されることになっている。生息していることがわかれば、ニュージーランド海洋法令にしたがってどんな実験も許可されない。海洋哺乳類観察の専門家がその職務に就いているはずだが、実情はわからない。
我々は海に囲まれた島の民族だ。ここは我々の場所、我々の家。だからホクレア号を迎えるためにここにいる。ホクレア号は祖先の素晴らしい伝統を復活させている。私たちがかつてもっていた海や環境や古代の航海術の知識を蘇らせている。ニューエイジの精神世界などではなく、昔ながらの遺産だ。その結果が、根本的な力とそれに対する敬意についての深い理解なのだ。
誰もがシンプルに生きることが私の願いだ。かつて祖先がそうしたように、神の恩恵を受けている状態に戻る必要がある。先住民族だけでなく、世界中すべての人びとが。
ナショナルジオグラフィック「アドベンチャー・オブ・ザ・イヤー」賞ノミネート
ハワイ先住民のナイノア・トンプソンとカレパ・バイバイヤンおよびホクレア号のチームは、『ナショナルジオグラフィック』誌の2017年「アドベンチャー・オブ・ザ・イヤー」賞の候補に選出されました。
ホクレア号のチームはポリネシア文化が近代化によって失われるべきではないという信念と星を頼りに、この航海カヌーでの4年間の海の旅に乗り出した航海士たちから成っています。その過程で彼らが教えたのは、ハワイの文化復元を燃え立たせ、新世代の冒険者に星を頼りに航海する方法でした。
『マラマ・ホヌア:ホクレア─希望の航海』(2017年パタゴニアより英語版刊行予定)から抜粋。
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