北極圏に魅せられて
ブルックス山脈東部上空をガタガタと揺れながら北に向かう飛行機の窓に頬を押し当て、真下の谷を移動するカリブーの巨大な群れに目を凝らす。夏至直後の暑い日のことだ。機体はカリブーの群れを数キロ越えたあたりでゆっくりと螺旋状に下降し、乾いた草に覆われたコンガクット川の流れと平行になる。6人乗りセスナ機のツンドラ対応型の太いタイヤが地面に触れ、古い観察小屋のある滑走路の終点で止まる。ここは北極海の端にある人里はなれた岩礁への、僕らの130キロのパドリングのプットイン。
11日後、午前零時過ぎ。海へ出る前の最後のキャンプ地。北極圏の夏の夜のオレンジ色の光のなか、僕はアラスカ北極圏野生生物保護区に無限に広がる海岸平野をひとりで歩いている。
ごく少人数の旅仲間は終えたばかりの冒険の夢を見ながら、そして次の遠征に胸をふくらませながら眠っている。寄せ集めたテントと空気を抜いたボートはツンドラの強風に寄り掛かっている。砦のようにというよりはむしろ、夢のモジュールの帆のように。クマの見張りをするのは僕の番。ときおり双眼鏡でチェックしながら、キャンプ地から少しはなれたところをぶらつく。振り返ると平地から山頂へとまるで海のうねりのように隆起するブルックス山脈の稜線が遠くに見える。
前方では、太陽が地平線を急ぎ足で駆け、風は僕を南へ押しやろうとする。遠くに氷が見える。俺は心を奪われる。はじめて北極海の匂いをかぐ。周囲に注意を払い、あらゆる音に耳を傾けながらゆっくりと一歩ずつ足を進めると、鳥肌が立つ。圧倒的な畏敬の念に包まれる。北極圏の奥深い原生地域をはじめて体験する日々。
何かが動いた。脚が本能的に止まり、有頂天でやわらかなツンドラにひざまずいて、ホッキョクギツネの姿を見る。キツネは僕に気付かず匂いをたどって行き止まりまで小走りする。ワタスゲのなかを蛇行する小道が現れ、キツネは僕を避けるように向きを変える。
乾いた砂利の上をゆっくりと進むイソシギをしばらく見つめる。じっくりと見る。イソシギも用心深く一歩ずつ踏み出しているのだろうか。
カナダへと東に向かって移動する1頭のカリブーが草を食んでいる。カメラのシャッターを切る。これほど深く野生地を感じたことはいままでなかった。この光、そして僕が目撃しているということ……。心に深く刻まれたこの瞬間によって、この先ずっと、僕の写真の地理的座標を導くシグナルが発せられることになるだろう。
朝ボートを進める。この独特な野生地は(いまのところ)誰でも訪れることができる。しかしこの場所を知る者はほとんどいないだろう。
行動を起こそう!
北極圏野生生物保護区の海岸平野を石油掘削および産業開発から守るよう地元選出の上院議員に要請しましょう。一致団結すれば、北極圏野生生物保護区に暮らす人たちと野生生物の生存を確保することができます。
ザ・レフュージ
この30年間、アラスカおよびカナダ北部に暮らすグウィチン族は北極圏野生生物保護区の石油掘削案に反対してきました。彼らにとって、カリブーが子供を出産する手つかずの海岸平野は「生命がはじまる神聖な場所」なのです。カーリル・ハドソン/アレックス・ジャブロンスキー監督の『ザ・レフュージ』は先住民、そして忠実に新たな息吹を吹き込んでくれる野生動物の生存のために数十年間戦いつづけているグウィチン族の2人の女性のストーリーを伝えます。