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ある日のクライム&ライド

by 旭 立太(スノーボーダー/ガイド)

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山の楽しみ方は色々ある。クライム&ライド。私がこの遊びをはじめたのはここ数年のことだ。

以前の私はというと「なるべく快適にアプローチし、よい斜面を滑りたい」、つまりは「滑るために山へ行く」というのがおもな目的だった。リフトで標高の高いエリアまで行き、小一時間ほどのハイクをしたら、それ以上の充足感を得られる滑りをしたい……。いまでもそのようなお得感のあるバックカントリーライディングは好きだが、小さな失敗を積み重ねて得た山での経験と成功、そして年齢を重ねるにつれて、近年は楽しみ方の幅が大きく広がってきた。それがさらに広がったのはスプリットボードを手に入れてからだろう。スノーボードマウンテニアリングの世界が一気に広がった。

たとえば2013年のデナリ山頂からのスノーボード滑走。スプリットボードは氷河地形での移動に非常に役立った。山頂からの滑走と言えば聞こえはよいが、20日近く氷河上で行動しても、滑るのはそのうち3時間にも満たない。何日も歩き、キャンプし、アイゼンを履いて山を登っても、滑る時間は割合としてはわずかである。しかも滑ると言っても大半が移動であり、「気持ちいい」という滑りをしたのはそのうちの15分ほどではないだろうか。とても効率的とは言えない。滑るためというより、滑りを交えた山行だった。1つの山行、あるいは1つの旅のなかに、滑りが1シーンでもあればそれでいい。山で過ごす色々な時間を、色々な形で楽しめるようになったのだと思う。

【 全写真:松尾憲二郎/アフロスポーツ

そしてフィールドはより奥地や大きな山へと移っていった。学生から社会人へ、あるいは原付免許だけでなく自動運転免許を取得し、行動範囲が一気に広がったあのときと同じような感覚。彼処に行きたい、あの斜面を滑りたい……。スノーシューの移動範囲では現実的でなかった山行が具現化した。それがいまではさらに深みを増し、登りで登攀を楽しみ、下りで滑走という遊びにも楽しさを見出せるようになった。

「登攀と滑走」私のクライミングの実力は微々たるものだが、楽しむには力量は関係ない。いや、正確には大いに関係ある。じつは以前の私はと言えば高い所があまり好きでなく、スノーボーダーということを言い訳にして、クライミングは年に数回程度の遊びだった。楽しめるような水準まで力量を上げるという目標を掲げたことにより、いつの間にかちょっぴり力量があがった気がし、そしていつの間にか好きになった。そしてさらに、楽しめるようになってきた。好きこそものの上手なれ。人生に目標は大切だ。

そして今冬、2016年2月初旬。パタゴニア日本支社の島田さん、マツケンの両名と鹿島槍山域の名もなきルンゼを登攀し、滑走した。その名は島田さんによって中千穂平ルンゼと名付けられた。

2015年から2016年のシーズンはご存知のとおり記録的な少雪となり、ウィンタースポーツに関わる者すべてに深刻な影響を与えた。私の冬期のガイドエリアであり、活動山域である白川郷も同様だった。当初は白川郷でのクライム&ライドを予定していたが、雪不足により場所を大きく変更し、白馬エリアでの実行となった。そこは島田さんが以前から通い、狙っていた場所であるという。ローカルライダーやガイド仲間からの情報では、この山域も他エリアと同様、顕著な雪不足が明確だったが、来てよかった。さすがは後立山連峰、私の活動するエリアよりは大いにましであるようだった。

行動初日、長い林道を数時間歩く。この日は周辺のリサーチとコンディションの把握がメインだったが、高千穂平の対面に滑走に適したよい急斜面があったため、試しにと取り付いてみた。試しにと登りはじめたものの、気付けばピッケルとアイゼンを装着し、急峻なクーロワールを登攀。互いにロープを結び、島田さんがリード、それを私がビレイしていた。風が強くなり、木々についていた雪が落ちて、どんどんスラフが流れてくる。上部へ行けば行くほど、かなりの急斜面だ。森林限界を越えたあたりは、ウィンドスラブが形成されるほどの強風。温度はどんどん低くなり、すでにテストではなく本番以上だった。これ以上、上部へアプローチするのは困難なため、敗退気味で滑走斜面に取り付く。斜面はアイシーで、デブリの塊があるような場所。快適な滑走や撮影に適したような場所ではなかったが、おかげで対面にある高千穂平の全容が把握できた。

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宿に戻り、作戦を練る。今日登った斜面の安全地帯から、中千穂平ルンゼを登攀して滑走する私たちを、マツケンがバズーカのようなカメラで狙い撃ちする。もしかして……という危急時も対面から状況を確認できる位置での撮影計画だ。中千穂平ルンゼのスロープに合わせて、私は板をタイトでスティープな斜面に合う細めの物に変えた。

中千穂平ルンゼの斜面を簡単に説明しよう。アプローチは約4キロメートル、急峻な斜面に囲まれた山域にあり、アプローチ地点からドロップポイントまでの総標高差は850メートル。メインの地形形状は、簡単にいえば3段の階段形状。その1,2段が行動する斜面で、1から2の段にかけては急なスロープが滑り台のように繋がっている。3の段は70メートルほどの垂直の岩壁で登ることは出来ず、壁の上部からは巨大な雪庇が飛び出ている。私の文章能力ではこの説明が精一杯だが、そうでなくとも言葉だけの説明を聞いただけでは分らないであろう複雑な斜面だ。

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事前リサーチでわかった、おもなポイントは3つ。
・デブリが埋まっているかどうか。
・ウィンドスラブによる雪崩に留意。
・70メートル上からの巨大雪庇の崩落に留意。

昨日の対面からの様子では、最近のものと思われる面発生雪崩の跡を確認した。そのデブリが埋まっていたこと、そしてその面発生雪崩はウィンドスラブに起因するものであるということが、地形形状や破断面の様子から推測できた。であるならば、昨日の強い風も局所的に中千穂平ルンゼに強い風の影響を及ぼしているに違いない。ウィンドスラブが発達していないかがポイントになる。ウィンドスラブによる雪崩は、風によって雪が再配分されることで形成された板状の積雪層が弱層、あるいはウイークインターフェイスの上に載ることでもたらされる。風で雪面を転がる雪は砕かれ、小さな粒子となり、再堆積する際に密度の高いスラブを作るのだ。

アタック当日、長い林道歩きを経て、中千穂平ルンゼのメイン斜面に取り付いた。今日の予報は快晴。放射冷却でいまは気温が低いが、徐々に昇温が予想される予報だ。互いにリードを交代し、風で再分配された新雪をラッセルしながら登りはじめる。ハイクするラインも先行者の考え方次第。斜面にストレスをかけないよう、また雪崩が起きてしまった場合の損失を抑えるため、互いにスペースを空けて行動する。風に叩かれてアイシーになっている斜面では、後続者のことを考えて、歩きや切り返しがしやすいようにピッケルでステップを切ったりした。色々な場面での身のこなし方で互いの考え方や性格が分ってくる。おもしろいものだ。

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疎林帯を抜けて、木々がない斜面にまで取り付いた。ここからオープンな斜面となるのだが、風の影響を受けて、局所的にではあるがウィンドスラブが形成されていた。さらに慎重に時間をかけて斜面をチェックしながら上部に進む。昨日から時間が経ち、下部との結合がよくなっているようではあるが気は抜けない。ここまではなるべく絶壁の下に入らないよう、滑る斜面に傷を付けないよう、ラインを取って行動した。

これからは絶壁の下のルンゼを進むしか道はない。上部70メートルからのスラフや雪庇崩落が私たちにより大きな緊張感を与える。幅3メートルほどのルンゼは、上部で雪崩が起きれば逃げ道はない。また新雪層の下はこしもざらめ、しもざらめ層のようで、低密度でスカスカ。アイゼンを履いていても腰まで身体が埋まってしまいそうなので、スプリットボードをスノーボードにモードチェンジし、板をアンカーにしながらつぼ足でラッセル登攀。それでもなかなか前に進まなかった。

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ようやくドロップポイントに到着。青空も見えるよいコンディションだ。だがゆっくりはしていられない。昇温により上部の雪庇が崩落することも考えられる。息を整えたら滑走準備だ。斜面を間近に見ながら登攀してきた。だから斜面の性質はおおよそ把握できている。それに目測ではあるが、滑りのイメージを色々な場面で重ねながら登ってきた。あとはドロップインするだけ。対斜面にいるマツケンのカメラも準備は整ったようだ。島田さんとリグループ地点を確認しあい、互いの健闘を祈った。

ゆっくりと深呼吸を繰り返し、いざドロップイン。

ドロップポイントのルンゼは斜度50度を越えるスティープライン。板を横に出来ないくらいタイトな幅だ、縦に板を落とす。切り替えが出来ないため、自動的に加速していく。時間にして約4秒、早い。ルンゼ地帯を出て、オープン斜面に入った。まずはヒールよりにアプローチしてトウサイドターンをし、スピードコントロールをした。スプレーが大きく舞い上がったことは足裏の感触と影で確認できた。いい感じだ。雪のフィーリングとコンディションを、なんとなくではあるが掴むことができた。上部の圧迫感あるルンゼを脱出すると、不透明だった雪のコンディションが確認できた。一気に解放された私はスピードを乗せて大きく数ターン。心のなかで興奮していた。

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中千穂平ルンゼのスロープにラインを描き、安全地帯で待機する。つづいて島田さんが滑り降りてきた。私とラインが被らない岩壁よりのライン。降りてきた島田さんとハイタッチし、互いの成功を喜んだ。

と、その直後である。ドカドカと落石とともに上部の雪庇が崩落。それがルンゼに落ち雪崩が発生。「雪崩れた!」 雪煙があがる。予想はしていたものの、実際に起こると想像以上に怖い。想像以上ということは想像力が足りないということなのか。いや、いろいろ勉強はしていても怖いものは怖いのだ。瞬時に気持ちを落ち着かせ、自分たちの位置が雪崩のサイズから問題ないことを確認する。雪崩地形に入って私たちが雪崩を起こすこと、あるいは上部の雪庇崩落も考えられたため、事前に当たり前のセオリーであるリグループ地点を決めておいてよかった。安全地帯にいたから問題なく回避できたが、直撃していたら無事ではいられなかっただろう。「やばかったすね……2人とも無事でよかった」マツケンから無線が入る。中千穂平ルンゼを滑れたこと、無事に降りられた喜びを感じながら雪崩ラインを外し、帰路のバンクにスノーボーダーらしくアテコミながら帰路についた。

高千穂平周辺は魅力的な斜面ばかりだった。だがそんな斜面にシュプールは無く、人の滑った様子も無かった。登って、そして滑る。労力は大きいかもしれないが、魅力と可能性に満ちている。時間と労力を費やして苦労するからこそ、無上の喜びがある。1シーズンに良かった日は多々ある。だが、全身で感じた1ターンの感覚……あの日から9か月経った今日でも覚えている。そういった1ターンは人生のなかでも数えるほど。だからこそ価値がある。この日のクライム&ライドは私のスノーボードマウンテニアリングに新たな記憶を刻んでくれた。

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