南の島の渓流釣り:西表島・浦内川(前編)
南国沖縄でのフライフィッシングというと誰もが海の釣りを想像することだろう。僕も普段は河口周辺のマングローブ帯や海に足が向くことから、近年まで淡水の釣りはほとんど経験していなかった。しかし低山ながら山岳が発達した西表島では、いくつもの渓流があり、そこには好ターゲットの「メジロ」が潜んでいる。
「メジロ」とはオオクチユゴイの西表島現地名で、沖縄全体では「ミキュー」のほうがとおりがよいだろう。ユゴイ科の魚は温暖な地域に分布し、沿岸の浅い海域から汽水、淡水まで生息している。西表島では国内に生息するユゴイ、ギンユゴイ、オオクチユゴイ、トゲナガユゴイ4種のすべてが確認されている。なかでもオオクチユゴイは50センチメートルを超えるまでに成長する大型種。ルアーやフライなどの疑似餌にもおおらかに反応してくれるので、地元アングラーにはメジャーな存在。しかし情報も少ないためか、県外からこの魚を目当てに釣行する人はわずかのようだ。
今回は昨年の10月と12月の2回にわたり、現地フィッシングガイド『ワンオーシャン』の永井洋一くんと県内最長の河川「浦内川」の渓流域でユゴイ釣りを楽しんだ。
浦内川の上流部へはカヤックなどでもアクセスできるが、浦内川観光が定期就航している観光船を使うのが最も手軽。渓流域のすぐ下流の軍艦岩まで、ゆっくりと30分間アナウンス付きのジャングルクルーズを楽しめる。
上流船着場に到着すると、その先で我々を待っていたのは未だ人の手がほとんど入っていない流れだった。10月はここから釣り上がったが、12月の釣りは翌日からの魚類調査の下見も兼ねていたので、整備された自然研究路を一気にマリウドの滝下まで進むことにした。
繁茂する熱帯植物に囲まれた研究路を40分ほど歩くと、マリウドの滝を望む展望台に到着する。ここで一息ついてから河畔へ降りるが、通常は危険なため研究路を逸れて斜面を下ることは禁止されている(今回はガイドの永井くん同行のもと下見ということで特別)。
川へ降りると、そこからも滝が見える。下流側へ目を向けると、清らかな流れが未開のジャングルを縫うようにつづいている。もうそこは山猫が住む聖域だ。渓流としては川幅の広い浦内川は2人でも、両岸に分かれて交互に進んで行けば充分楽しめるだけの規模がある。最近フライフィッシングを本格的にはじめた永井くんも、ユゴイが付きそうな岩の周辺を丹念に探りながら釣り下っている。
ユゴイは小魚のほか、流れてくる昆虫から爬虫類、両生類にいたるまで貪欲に捕食する雑食性。あげくには落ち葉にも反応するほど好奇心旺盛な魚だが、臆病な面もあり、ほとんどの場合2度目の反応はない。また先行者がいた場合も生命反応を感じられないほどの沈黙がつづく。
10月はアクセスのよい下流側から入渓したこともあり、いまひとつの釣果だったが、上流側から入った12月はポイントごとに魚が飛び出してくる。ポップ音を発しながら水面を滑るトップウオーターフライへ激しい飛沫とともに「ガボッ」とバイトする光景は、何度経験しても興奮する瞬間。イワナなどの渓魚に似た流れに付き、オオクチバスのような容姿と貪欲さをあわせもつ面白い魚だ。
上部が開けていることから、この川での釣りはむずかしいことはない。それよりも巨岩がつづく川岸を釣り進むことに難儀する。ときには自分よりはるかに大きな岩をよじ登り、胸まで水中に使ってベストなキャスティングポジションを確保していく。10月はショーツのみの釣行だったので足はキズだらけだったが、12月はショーツの下にランニングタイツを履いた、いわゆる「ウエット・ウエーディング」スタイル。このプラス1枚が保護、保温にとても役立った。
脅かさなければユゴイはフライへ素直に反応してくれるので、2人とも満足していたが、アベレージサイズが20~25センチメートルだったので「もう少し大きい魚を……」などと考えていると永井くんのロッドが大きく曲がっている。大岩を飛び越えながら急いで近づくと、ランディングした魚は背が張り出しかけた、30センチメートル半ばの立派な体躯をしたオオクチユゴイだった。
「よかった」という気持ちの反面、「あぁ自分が釣りたかった」という気持ちが今も残滓のように頭の中に残っている。この素直に喜べないところが釣り人の卑しい部分でもあり「次こそは!」という悔しさが、フィールドへ駆り立てる原動力の1つにもなっていることは間違いないが……。また次回ユゴイに遊んでもらおう。
本稿中では浦内川を「人の手がほとんど入っていない流れ」と表記している。実際に2015年の夏までは、浦内川観光の上流・下流船着場が最低限の規模で存在するほかには目立った人工物がなかった。しかし現在は、渇水対策事業として送水管が引かれている。後編ではこの事業によって危惧される環境問題をお伝えしたい。