ハチミツを愛するがゆえに
彼の手は他の農家の人のそれとは違った。硬かったり、たこやひび割れができているわけではない。ただ大きくて、純軟性があり、その動きはすばやい。僕らは分厚い白色防護服と息が詰まるような覆面布付きヘルメットを着用していたが、彼にとってはそれも苦にならないようだった。僕は熱で溶けそうになっていたのに。
マウイ島の深い森林に覆われたワイホイ渓谷にはハチの巣が無数にある。それは花の咲く生態系には不可欠だ。黒ずんだ溶岩の鉱脈で寸断された肥沃な土地にはアボカド、マンゴー、グアバ、オヒア、レインボーユーカリ、カンアオイが力強く成長し、カピアの小川が海に向かって細長く流れていく。渓谷のふもとでは、マンゴーの枯れた切り株にできたハチの巣が地元の漁夫の一家を困らせていた。
そのハチの巣はねじれた場所にあり、友人のケニーはいつもよりも敏感に、よりスムーズに作業を進めなければならなかった。20年の経験をもつ彼は、ハチが攻撃してきても平静に集中力をもちつづけた。外科医のような的確さで巣を取り扱い、箱を動かして、ハチの巣がぴったり納まるように調整する。その動きは巧みで忍耐強くありながらも熱意にあふれていた。僕の白い防護服は汗まみれの肌に密着し、ハチに刺されやすくなっていたが、僕はそれを一心に見つめた。とりこになっていた。
その日ケニーからは多くを学んだ。物事はいつも計画通りに運ぶわけではないという教訓もそのひとつだった。何らかの理由で、女王バチは新たに提案された巣を見捨て、ハナの原生地のどこかにふたたびコロニーを作ることを選んだ。僕にとってそれははじめての養蜂の試みだったが、黄金に輝く何リットルものハチミツは、残念賞としては十分だった。
母が庭の片隅にあった古びた発泡スチロール製のクーラーのなかに自然のハチの巣を見つけたとき、僕はもう一度試してみようと思った。ケニーから学んだ知恵を生かしながら、相棒のデーゲと僕はなかなかいい仕事をしたと思う。クーラーはうまく壊れて、巣は比較的おとなしいハチと一緒に箱のなかに簡単に納まった。
多くの成功と悲痛な失敗のあと、7つのコロニーができあがった。放置しておけば駆除されてしまう運命にあった迷惑バチを家屋や庭から抽出して、自宅の庭や友人の農場に移動させられたハチたちは、あふれんばかりの有機栽培のかんきつ類、マンゴー、アボカド、エキゾチックな果物の木や野生の花とともに暮らすこととなった。
それぞれの巣には何万、ときには何十万という数の小さな働きバチが、文字通り忙しく働いている。小さな雌バチは空中や花のあいだを飛翔し、直径5キロの範囲で花粉、花蜜、プロポリス(蜂ヤニ)を採取する。雌バチたちが採取の任務から帰ってくるとき、その脚には鮮やかな黄色、オレンジ色、赤色の粉末が付いているのが分かる。花粉は彼らにとってタンパク源だが、僕たちが採取して楽しむこともできる。プロポリスは樹液から取られるもので、接着剤の役目を果たして堅固で断熱性の高い巣を作る。花蜜は採取されてハチの胃の中の酵素がそれを分解して長期間の保管に適するようになるまで、一匹のハチから次のハチへと吐き戻して渡される。つまりのところ、ハチミツはなんと嘔吐物なのだ。
雄バチの人生の目的はただひとつ。女王バチと交尾することだ。女王バチは約23日齢となると結婚飛行を行なう。近親交配が発生しないように、同じ巣ではなく、近隣の巣にいる雄バチのみが女王バチを追跡する。30メートルほど空中に昇ったところで、最強の雄バチだけが女王バチを捕らえることができる。1ダースほどの最も有能な雄バチとの交尾が終わったあと、女王バチはその残りの一生で、多いときには1日あたり2,000個の卵を産むのに十分な精子を備えて巣に戻る。女王バチと交尾した雄バチは、そのあと間もなく死ぬ。
コロニーが大きくなると、女王バチは群れの半分強を率いて分巣することもある。彼らは2~3日間、木の枝に留まってその地域を偵察したあと、新しい住まいを構築する場所を選ぶ。古いほうの巣にいる働きバチは、卵を産む個室を広げ、ロイヤルゼリーと呼ばれる特殊な食物を与えて新たな女王を作り出す。
ここ1年ほどの間に、ガールフレンドのマリアと僕は「ミルク&ハニー農場」という名前のビジネスを非公式にはじめた。いつの日かいろいろな動物を飼い、できる限り自足自給の生活をしながら本物の農場をもつのが僕たちの夢だ。でもいまはただ若いこの時期を過ごすだけで精一杯。
マリアはシアトルの理学療法クリニックに常勤しているが、秋には理学療法の学校に入学する予定だ。僕はプロのサーファーとしての生活で、いつもハナの町からはなれているため故郷で安定した仕事に専念するのはむずかしい。でも、ハチについてもうひとつ興味深いのは、彼らは完全に自立していて、メンテナンスがほとんど不要だということだ。波が高くなれば、僕はいつでも荷物をまとめて出かけることができる。
家からはなれているあいだ、帰宅してまたつづきをはじめることを夢見る。ハチの家族をできる限り増やしていくことが本物の「ミルク&ハニー農場」へと向かう前進の一歩だからだ。