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シンプルに、ソロで、そのとき行動する:オードリー・サザーランドの生涯

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2015年2月23日、真のヒロインでパタゴニアの友人が逝去しました。カリフォルニア育ちのオードリー・サザーランドは、1952年にハワイに移住し、93歳で亡くなるまでそこで暮らしました。女手ひとつで4人の子供を育て、学校のカウンセラーとして働きながら家族を養いました。1962年、彼女は資材を積んだ筏を引きながら泳いでモロカイ海岸を探検することを決断しました。これはこの驚くべき女性の数えきれないソロでの冒険のはじまりでした。

彼女に遭遇したことのある幸運な方々は、ぜひ彼女のストーリーをシェアしてください。写真:Sutherland Collection

僕がオードリー・サザーランドと出会ったのはオアフのノースショアにあるジョコス(有名なサーファーである彼女の息子にちなんで名付けられた)を見下ろす家で彼女の本『Paddling North』を編集しているときだった。80歳台後半で耳が遠くなりはじめていたが、輝く瞳と物腰は冒険の魂を発していた。彼女の本に入った修正を一緒に確認しながら、僕はロサンゼルスの丘で過ごした彼女の子供時代、商業漁業者だった夫との結婚と離婚、ハワイへの移住とノースショアのビーチで女手ひとつでどうやって家族を育てたかについて学んだ。

作業をしているとき、彼女がアラスカでのパドリングの地図を出してきた。それは20年におよぶ。僕は彼女の本『Paddling My Own Canoe』と『Paddling Hawai'i』から、ハワイとモロカイのノースショアでのソロのカヌーイングと水泳の旅について知っていた。僕は外洋を何マイルもパドルしたインフレータブル・カヤックに座り、裏庭のデッキに据え付けられたホットタブ(商業用のスープ鍋を再利用したもの)をチェックしたりした。

彼女は「すべての子供が16歳までにできるべきこと」のリストをシェアしてくれた。彼女が自分の子供たちのために作ったものだが、いまも通用する。

そこには以下のようなことが記載されている:

• 400メートルを楽に泳げること
• 自分の家でも他所の家でもお皿を洗うこと
• シンプルな食事を作ること
• やるべき仕事を見つけ、やること
• 道具を手入れし、使ったあとは必ず片付けること
• 電気コードを接合できるか、あるいは電灯を取り付けることができること
• 自分にふさわしい5つのキャリアについての基本的な情報を知っておくこと
• その分野すべてで1か月ボランティアすること
• ペイントブラシを使ったあとはきれいにすること
• おむつとタイアを交換できること
• 大人が話すときは興味と共感を抱いて聞くこと
• 宿題と家の手伝いは率先し、責任をもってやること
• 何歳の人とでもダンスすること
• 魚をさばき、鶏を下ごしらえすること
• スキルと正気をもって運転すること
• 受胎について理解と責任をもち、必要であれば避妊すること
• 救急処置の5つの基本を知ること:呼吸と心臓鼓動の回復、止血処理、毒物応急処置、骨折の固定、ショックの対処法
• ビジネスレターを書くこと
• 2か月間家計を管理すること
• 自動車修理の基本を知り、自分で簡単な修理ができること
• 見知らぬ土地で公共交通機関を使って移動すること
• 人気のある場所から最低10マイル離れた場所で、10日間一人でも幸せで快適でいること
• 手近にある道具で溺れている人を助けること
• 給料を貰える仕事を見つけ、最低1か月つづけること
• 高校2年生レベルでの読み書きができること
• 地図と地形図が読めること
• 地元の麻薬シーンを把握していること
• (カヌー、カヤック、スキフ、セールボートなどの)ボートを安全かつ有能に操れること
• ミシンを踏み、自分の衣類を修理できること
• 必要に応じてコンピュータが操作できること
• 自分の洗濯ができること

彼女のリストの幅広さとコンセプトの並置からは、彼女という人を洞察することができます。それは自足、心くばり、冒険、強固な独立心、現実的、型にとらわれない考え、そして何よりも人生への愛。彼女を心より惜しみます。

—ジョン・ダットン、パタゴニア・ブックス編集者


 
1

ハワイの自宅で。写真:Liz Clark

オードリー・サザーランドの本『Paddling North』が出版されたとき、私は幸いにもパタゴニアで働いていました。彼女の長年の住処の近くのハレイワ直営店でサイン会が行われたので、その時にオアフに行き、オードリーに会おうと思いました。

彼女は私と夫を家に招いてくれました。オードリーは温かく、チャーミングで楽しい語り手で、ベランダに置いてあったカヤックでの冒険の話で私たちを笑わせてくれました。そのちっぽけなボートを目にし、彼女がみずから挑んだ挑戦を想像した私は、畏敬の念を抱きました。

彼女は家族や友人、そして多くのファンが参加したサイン会で、会場をまさに熱狂させました。彼女のユーモアと常識、そして信じられない冒険の物語が皆を魅了したのです。

この卓越した女性に出会えたことをとても幸せに思いながら。

—ジョイス・マシアス、『Paddling North』プロジェクトマネージャー


 
2

オードリーのインフレータブル・カヤックを見せてもらうイヴォン・シュイナード。写真:Chouinard Collection
 

20年前、私は新参者としてオアフに到着しました。その後すぐオードリーが店にやって来て、自己紹介をしました。彼女は川下りの経験のあるパタゴニア社員がハレイワに新しくやってきたことを聞いていたからです。野性的な川の流れと容赦なく迫り来る嵐などについて、そしてそういったことに私がどう対処したかについて、話したがっていたのです。オードリーはアドバイスを求めるというよりは、すでに卓越していた予測不能な事態に対処する直感に、さらに磨きをかけることが目的でした。そして彼女は何か似た者同士の感覚を私のなかに嗅ぎつけたのだと思います。何年もにわたり、オードリーは物語、そして過去や将来の旅の計画を快くシェアし、インフレータブル・カヤックの選択にも協力してくれました。グレッグと私は彼女がアラスカへ旅立つとき心配しました。いつもソロだったからです。私は遠征に向けてどのようなトレーニングをしているのか、一度彼女に尋ねたことがあります。すると彼女は笑いながら、この年だからトレーニング法を考えた方がいいのかもと言いました。もちろん大きな笑みと忘れられない輝きを持った目で。
オードリーにとっては、つねに「シンプルに、ソロで、そのとき行動する」でした。

—ジェーン・ダンカン、ハレイワ直営店


 
3

過去の旅をふたたびめぐる。写真:Liz Clark提供

オードリー・サザーランドは自分でルールを作っていました。オアフで女手ひとつで4人の子供を育てながら、毎夏、野生の場所でのソロでの冒険に向かいました。そのはじまりは1962年の、最もアクセスがむずかしいモロカイのノースショアの探索でした。シャワーカーテンに包んだキャンピング用具を軍仕様のバッグに詰め、それを引っ張りながらジーンズで泳いだのです。

徐々に彼女は移動方法をインフレータブル・カヤックへと洗練させていき、それで何千キロものソロの旅をしました。ハワイ諸島の探索を手はじめに、その後1980年から2003年まではアラスカとブリティッシュ・コロンビアで毎夏過ごし、入り江や水路を12,920キロ以上も探検しました。折り畳んだカヤックを飛行機に積み、荷物を——そのほとんどは自分でカン詰めにしたり乾燥させたりしたドライ食糧でしたが——計画したルート上にある町へと送りました。すべてはわずかの予算で、探求と自然との交わりへの純粋な愛のために冒したリスクでした。スポンサーもカメラクルーもハッシュタグもなしで。

4

この写真は昨年ノースショアのオードリーを訪ねたときのもので、少し前に出版されたアラスカでの信じられない彼女の冒険について綴った本『Paddling North』を私に見せてくれています。私が到着したとき彼女はフロントポーチに座り、双眼鏡を顔にぴったりとつけてクジラを探していました。90歳台になり、身体は少しスローダウンしたかも知れませんが、魂は決してそうではありませんでした。彼女は平和な小さな海辺の家にやって来る何匹ものウミガメと一緒に泳いだあと、家の前に座っていました。そして私たちは冒険の本と日記や写真でいっぱいの書斎へと旅しました。彼女の本『Paddling My Own Canoe』と『Paddling North』をまだお読みになっていないのなら、強くお勧めします。


5

これはアラスカでの最後のカヤック遠征のもので、彼女が撮ったセルフィーです。大胆で美しいオードリーはノーメイクで、注意を惹き付けないよう、しばしば男性を装っていました。散らかったキャンプサイトからいつもゴミを持ち帰り、次の訪問者のためにキャンプファイアーやストーブを薪でいっぱいにして立ち去りました。また立ち小便ができるようにと自分で作ったホース付きのじょうごをいつも誇りにしていました。彼女の寒冷用ギアは男性用のものばかりだったからです。

ありがとう、オードリー。あなたは人生を思う存分に生き、勇気とシンプリシティー、そして恐れない心という遺産を私たち全員に残してくれて。彼女は「シンプルに、ソロで、そのとき行動する」ことを促してくれました。新たに自由になった魂へとよい旅を。あなたは忘れがたきワンダーウーマンです。

—リズ・クラーク、スウェル号キャプテン

 

サザーランド一家に心よりお悔やみを申し上げます。この驚くべき女性についての詳細は本ブログの過去の投稿(英語)をご覧ください。

 

パタゴニア・ブックス提供:『Paddling North』の著者オードリー・サザーランドのインタビュー

ミスティ・フィヨルドとクジラ:『Paddling North』抜粋 by オードリー・サザーランド

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コメント

 オードリー・サザーランド。彼女には会えなかったけれど、僕にとっては懐かしい名前です。20年以上前、彼女は僕の数日先を漕いでいたのですから。
 あの夏、僕は折り畳み式カヤックで南東アラスカを単独航海していました。その日はスティキン川河口のデルタ地帯「ドライストレート」を進んでいたのですが、海岸にテントを張る場所を見つけられず、カヤックの上で寝るしかないかとあきらめていました(とても浅い海峡なので、潮が引くとカヤックが泥の干潟に取り残される――打ち上げられたイルカのように)。
 そんなとき、小さな入り江の奥の森にキャビンを発見。誰もいず、ドアには、「使っていいよ、きちんと片づけてくれるなら」と張り紙が。そしてオードリーさんの名前を、テーブルにある汚れた表紙のノートに見つけたのです。セイラーやカヤッカーたちのメッセージが並ぶなか、最後の(つまり数日前に彼女はこの小屋に泊まった)記述でした。
 彼女が何を書いていたのか、今では記憶は曖昧ですが、その年齢と、小さな黄色のインフレータブルカヤックでソロ、ということに感銘したことはよく憶えています。心細くなることが多い単独航海だったけれど、「オードリーさんが先を漕いでいるんだ」と、何度か自分を奮い立たせたものです。

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