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残されるもの

by ナタリー・チャニン

Natalie

ファッションは私たちが認識する以上に感情的なものです。人びとはしばしば最高のもの、最新のもの、最もファッショナブルなものを欲しますが、私たちの多くが持っているもののなかには、長年所有して何度も何度も繰り返し着るものもあります。そしてこれらのスカーフは、新しいものを欲する/古いものを慈しむという両方の願いをかなえてくれるものだと思います。何かを愛したら、それを永久に持っていたいものです。これらのスカーフの製造は古い何かに新しい命を与えるという意味で力強い経験でした。古いパタゴニアの上着に秘められた経験が、次の使用者に受け継がれていくのかもしれません。

私たちの衣類の縫い目ひとつひとつに愛が込められています。たったひとつの製品に何百メートルの糸と何千もの縫い目を要することもあります。その糸は2本の異なる綿のより糸にテンションをかけて、撚って作られます。縫製工程前にそのテンションが緩んでいないと、縫製作業者は針が生地を通るたびに糸の捩れを経験します。それが何週間もかけて手で縫製する製品に起こるとどれだけフラストレーションの原因となるか、想像してみてください。だから私たちはどんなプロジェクトでも最初に針に糸を通し、すべてのよりがなくなって生地の上でスムーズに縫えるようになるまで指先の油でテンションを均一化させます。私たちはこのプロセスを「糸を愛す」と呼びます。なぜなら指のひとつひとつの動きは小さな祈りともいえるからです。「この糸はこれまでに作られた最も美しい製品を縫う。着る人に喜び、富み、繁栄、愛、美または健康をもたらしますように」と。その願いはどのようなものでもいいのです。良い意図と愛で作られたものすべては、よい場所からはじまるのですから。

【 写真:Jeff Johnson 】

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デーブ・ローゼンバーガー 1976-2015

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今日は悲しいお知らせがあります。パタゴニア・スキー・アンバサダーで、「アメリカン・デーブ」として知られていたデーブ・ローゼンバーガーが、1月23日金曜日、モンブラン山地のイタリア側をスキーで滑走中、雪崩に遭い、亡くなりました。デーブがパタゴニア・ファミリーの一員になったのは2010年でした。私たちはデーブの家族と友人たちに心よりお悔やみを申し上げます。彼は多くの人にとってのインスピレーションでした。彼を失ったことで世界中が失望することとなるでしょう。

以下はパタゴニアのグローバル・アウトドア・マーケティング・ディレクターであるジョシュ・ニールセンの追悼のコメントです。

「彼は純粋な情熱をもったスキーヤーの見本のような人でした。彼はカメラで撮影されたり人に注目されたりするためにスキーをしていたのではなく、正しい動機のもとスキーというスポーツに全力を傾けていました。デーブは予測したうえでのリスクを負う人であり、才能あるアスリートでした。そして冬はとくにシャモニをホームにし、世界でももっともチャレンジングなラインでのクライミングとスキーに人生を捧げていました。デーブはそのリラックスした滑走スタイルとは裏腹に、情熱的な性格の持ち主でもありました。彼はパタゴニア・ファミリーに対して多大な貢献をしてくれました。製品デザインを見極める才能があった彼は、明確で、貴重な製品テスターでした。彼はまたアンバサダー仲間たちからも愛され、シャモニのパウダーを愛する冒険者たちの友人であり、媒介者でもありました。思いやりに満ちたデーブのことがとても深く惜しまれます」

【 モンブラン北壁の下に立ち、シャモニ渓谷を眺めるデービッド・ローゼンバーガー。フランス、シャモニ。写真:Christian Pondella 】

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ドーン・ウォールの15ピッチ目(5.14c)を登るトミー・コールドウェルの映像を見る

 

2015年1月14日、トミー・コールドウェルとケビン・ジョージソンがヨセミテのエル・キャピタンのドーン・ウォールのフリー初登を成し遂げました。今日はドーン・ウォールの15ピッチ目(5.14c)を登るトミー・コールドウェルの独占映像を皆様にご覧いただきます。これはウォールの撮影班により公開される最初の映像です。

「15ピッチ目の核心部のホールドは、いままで出会ったどのホールドよりも小さくて鋭かった」 トミーは自身のFacebookページでこう書いています。4つのユニークなカメラアングルは、そのようなかすかなホールドや、トミーが立つ心もとないフットホールドのすぐ下に広がる1300フィートという高度を写し出しています。極めてむずかしい数ピッチがその上に残されてはいるものの、15ピッチ目の完成はこの7年間の夢のプロジェクトの、やがてくる成功への最後の大きなハードルとめされていました。

注記:15ピッチ目のもともとのグレードは5.14dでしたが、ルート完成後、若干ダウングレードされました。

Big Up ProductionsSender Filmsに感謝しつつ。

トミー・コールドウェルとケビン・ジョージソンがヨセミテ国立公園のドーン・ウォールをフリー初登

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私たちはずっと息を飲んで追ってきました。そしていまついに、ヨセミテ渓谷のドーン・ウォールをフリー初登したトミー・コールドウェルとパートナーのケビン・ジョージソンに、パタゴニア全社をあげておめでとうと言えることにとても興奮しています。トミーはこのプロジェクトを2007年に着想しましたが、7年後のいま、19日間を壁で過ごした末、クライミング界の多くが最後の数ピッチをライブストリーミングで見守るなか、2015年1月14日の午後に登頂を達成しました。長年の読者の方は2010年に遡るドーン・ウォールの記事をご存知でしょう。本当に長丁場となり、私たちにとってこれほどうれしいことはありません。

イヴォンはこうコメントしています。「1964年にエル・キャピタンのノース・アメリカン・ウォールを初登したとき、『俺たちは世界中のどんなビッグ・ウォールも登れることを証明した』と思ったが、すべてフリーでいけるとは夢にも思っていなかった。ドーン・ウォールの初登により、ローマ法王フランシスは私たちの祖先がチンパンジーであることを認めざるを得なくなった」

写真上:7年分の安堵。ドーン・ウォールの頂上で高揚するトミー・コールドウェル。写真:Chris Burkard

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フィッツのレイヤリングシステム:寒い季節に子供を温かく快適に保つ方法

by レベッカ・コールドウェル

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今日はパタゴニアのクライミング・アンバサダー、トミー・コールドウェルの妻でフィッツのお母さん、そして写真家でもあるレベッカ・コールドウェルからの投稿です。レベッカは5年前にクライミングのライフスタイルに出会い、いまでは家よりも世界各地の美しい場所で過ごす方が多い女性。フィッツを連れて型破りなライフスタイルを送るコールドウェル夫妻は、子供と一緒にアウトドアを探検することを勧めています。

トミーと知り合って以来、毎年秋になるとトミーが巨大な一枚岩エルキャピタンのメガプロジェクト「ドーン・ウォール」に取り組むため、バンに荷物を積み込んで、コロラド州エステスパークの家を出てヨセミテ国立公園へ向かいます。フィッツが生まれてからは、一刻も早くこの息をのむようなすばらしい場所へ連れていきたくてたまりませんでした。この時期、木の葉は黄金色に変わって地面に落ち、ヨセミテバレーの岩壁の上はうっすらと雪化粧をまとい、温かいカリフォルニアの太陽はバレー南側の岩壁に見え隠れしながら東から西へと移動します。そしてアッパーパインズのキャンプ場の仮住まいには寒さが忍び寄ります。フィッツとのバンでの生活は、変わりやすい天気に対応しながらフィッツを適度に温かく、快適に保つためのウェアに気を配らなければなりません。大人のレイヤリングシステムに関する情報は豊富でも、子供のウェアのレイヤリングシステムは見落とされがちなのが現実です。

写真上:「モービー・ディック」に備え準備するフィッツ。写真:Rebecca Caldwell

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ユーレックス:愛の物語

Yulex

ハブ・ハバードはパタゴニア・サーフのウェットスーツ開発部のマネージャー。グアユールからウェットスーツを作ることについて、クリス・マロイが彼にインタビューしました。

クリス:はじめてグアユールについて知ったのはいつで、それからパタゴニアが初のユーレックスのスーツを作るまでにどのくらいかかりましたか?

ハブ:たしか2007年ごろだったと思います。(元サーフ部の)ジョーイ・サントリーと古いウェットスーツを新しい製品にリパーパスするプロジェクトに取り組んでいるときでした。サンディエゴで開催されたある博覧会から帰ってきた彼がすぐにユーレックスという新しい会社があることを教えてくれて、創業者のジェフ・マーティンを紹介してくれました。それから間もなくミーティングをもち、グアユール・ラバーでウェットスーツを作る可能性について探りはじめたのです。これはユーレックスの社員にとってはまったく新しい分野で、彼らはこの実現のために最適なパートナーを探していたところでした。僕はこれを達成するために、(もうひとつの雇用先で)舞台裏で細かい段取りをいろいろやっていましたが誰も開発資金を捻出したがらず、ボツになりました。しかしパタゴニアは躊躇しませんでした。これがパタゴニアが真に革新に投資し、現状維持を打破するという(数多くの)例のひとつです。

 

【 写真:Tim Davis 】

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アルバトロス・アドベンチャー

by 加藤 ゆかり(パタゴニア アウトレット東京・目白スタッフ)

アルバトロス

その羽は白くて柔らかそうで、でもその翼はとてつもなく長くて、そして力強かった。私の見た、野生のアホウドリの最初の印象だ。

私は2014年11月、日本の小笠原諸島の小さな島、聟島(むこじま)に再び降り立った。パタゴニアのインターンシップ・プログラムを利用して絶滅危惧種のアホウドリのモニタリング調査をするためだ。朝から夕方までのタイムシフト制で、交代で繁殖地から浜を隔てて300メートルほど離れた観察サイトから行動を15分おきに記録し、特徴的な行動が見られたときは望遠レンズの付いたカメラで撮影する。

親鳥がわが子を羽毛の下に包み込んでやる。寒さや風や外敵からわが子を守る。昔のヒトはこれを「羽ぐくむ」と呼んだ。それは給餌とともに、親鳥がひなを育てるうえで欠くことができないこと。私はアホウドリが健気に卵を抱くようすを、何時間でも見ていることができた。

[ 長くて白い翼を力強く広げるアルバトロス 写真:山階鳥類研究所 ]

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ウールとワインについて

by バーナルド・カラマイ

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私が生まれたのはフローレンスで、そこは母方の家族が1199年以来所有していた田舎の地所だった。それはフローレンスを侵略軍から守るために1000年ごろに建てられた美しい中世の要塞で、いまも家族の農業の中核として機能し、そこで私たちはワインとオリーブオイルを作っている。

ワインの生産は母なる大地がその素材を作るため、とても自然で無理のないものだ。しかし今日、ワインメイキングには収穫期と栽培期において多種の化学薬品が使われることがある。私たちはなるべくオーガニックであるよう気を遣っている。化学薬品を使うのに比べてずっと多くの時間を葡萄畑で費やさねばならないため、大変なことなのだが、結果的として得られる製品はずっと健康的で汚れがなく、そして栽培された地域の伝統を本当に味わうことができる。そしてそれはつねに革新を探りながらも伝統に視野を合わせる私たちのウールの仕事と似ている。

【 写真:Jeff Johnson 】

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クリーネストライン

アウトドアウェアを製造/販売するパタゴニアの社員、友人そしてお客様のためのブログです。パタゴニアについては patagonia.jp をご覧ください。

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