イヴォン・シュイナードとパタゴニアとのテンカラ体験
モンタナ州グレート・フォールズから飛び立とうとする飛行機に足を踏み入れるやいなや、10分もしないうちに私の腕時計の電池が切れた。
これは変化への予兆だと、そのとき気づいてもよかった。
私はミズーリ・リバーでのプロジェクトで徐々に奇妙になっていった生活をあとにして、ソルトレイク、そしてジャクソンホールへと向かう飛行機に乗った。次の仕事は、アイダホ州アッシュトン近くで開催されるパタゴニアのウィメンズ・フライフィッシング製品に関するプレスイベントの取材。でも飛行機に乗った私は体調が悪く、ストレスもたまっていて、とにかくものすごく疲れていた。
だがその48時間後、私はアイダホの川でウェーディングしながらイヴォン・シュイナードとテンカラ釣りをしていた。今日のイヴォンはアウトドア用品販売業界の父といっても過言ではない人物で、その日の私は近年感じたことがないほど気分がよかった。パタゴニアのチームから「YC」の愛称で呼ばれている彼は、1972年に〈シュイナード・イクイップメント〉として事業を興したという。辛抱強く、語りはもの静かで、驚くほど知識にあふれた、昔かたぎの紳士。そして彼の言葉は、本当に疑いなく名言ばかりだ。
イヴォンは多忙なスケジュールから2日間を、私たち女性アウトドアジャーナリスト(そう、私以外にも同輩はいることを知ってうれしかった。この人種はじつに見つけにくい)の小グループと過ごし、テンカラの美学を伝授するために割いてくれたのだった。
初日の朝、イヴォンと一緒に熱いお茶を飲もうと座った私は、その不思議な場面に不意をつかれた。グループのなかで最初に起き出したのは私たちで、小さなキッチンでお湯を沸かすために小鍋を探している親切な紳士が誰なのかに気づくまでに、少々の時間を要した。
最後には、ティトンに日が昇るのを眺めながら、私たちはロシアのサーモン釣りについて語り合ったりした。
2014年に新登場するパタゴニアのウィメンズ・フライフィッシング製品(圧倒されるほどの優れモノ)について簡単な手ほどきを受けたあと、私たちはギアの準備を整えると、いざテンカラ・ロッドの準備をすべく、川へと歩きはじめた。
モンタナでひと夏を過ごしたとき、私は男性中心のマッチョな釣り人カルチャーを嫌というほど味わった。ことあるごとにお尻をつかまれ、どれだけ遠くにフライをキャスティングできるかという自慢話をさんざん聞かされたのだ。そんな私にテンカラの「シンプル」という概念はすぐさま魅力的に映った。75センチほどの振出式のロッドを手にした私は、このロッドならカメラ機器の操作との両立がいかに楽になることかと、早くも想像してにやけた。
そして2日間のイベント中にその理論を何度も試してみた結果、私の想像はまぎれもなく正しかったと報告することができる。
テンカラの美学についての詳細は、数々の雑誌に掲載される記事によってまもなく明らかになる。しかし要約すれば、その美学とは基本を煮詰めるところにあると言ってよいだろう。リールは不要。ラインを使わないときはペーパークリップで留めておけばよく、イヴォンは輪ゴムでロッドにまとめていた。フライは1人3つずつ渡された。イヴォン自身が手で巻いた、特別なソフトハックルだ。
そして2日目、私は2時間で14匹の魚(自己史上初のダブルを含む)を釣り上げるという自己最高記録を達成。そのとき川に突っ立っていた私の顔には、まぬけのような満面の笑みが浮かんでいたに違いない。
この旅に参加した10人ほどの女性のうち、過去にフライフィッシングの経験があったのは3人だけだった。にもかかわらず、この旅が終わるまでには全員が何匹も魚を釣り上げることに成功した。この事実を祝福するべく、私たちは最後の晩、川岸に集ってともに夕食と酒杯を楽しんだ。
イヴォンと釣りやビジネス、そして人生一般について一対一で語り合うという貴重な機会に恵まれた私は、長い間に経験したことよりも多くのインスピレーションを与えられた気がする。いま私は先に進み、新しいプロジェクトに着手する準備が整い、そして新しいアイデアにあふれている。
だから、新しい情熱、新しい機会、そして新しい冒険に乾杯したい。そしてその道中での、素晴らしい人びととの出会いにも。
ジェシカ・マグラスリンは情熱的な作家/写真家で、アウトドアと旅にはつねに親近感を抱く。アメリカ国内のさまざまな場所で育ち、西部の広大な自然で遊んできたジェシカは、荒々しい野生の土地を旅しているときがいちばん落ち着くという。彼女の作品はFire Girl Photographyで見ることができる。
ウィメンズ・スプリング・リバー・ウェーダーをはじめとするパタゴニアの新しいウィメンズ・フライフィッシング製品のコレクションはpatagonia.com/japanでご覧いただけます。
来る4月、パタゴニア・ブックスより『シンプル・フライフィッシング』(日本語版)が発行されます。著者はイヴォン・シュイナード、クレイグ・マシューズ、マウロ・マッツォ、イラストはジェームス・プロセック。本書についての詳細と、ご自身のテンカラ・ロッドを手に入れる方法については、近日公開予定です。お楽しみに。
写真家ジェレミー・コレスキー(@jeremykoreski)が撮影した、このイベントの写真をいくつかここにご紹介します。