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脱原発をめざす首長の輪:第六首「再生可能エネルギー地域自給を目指す小田原の歩み」

by 加藤 憲一(小田原市長)

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小田原は「地域自給圏」たるべきエリア
丹沢山塊、箱根外輪山、曽我丘陵に抱かれ、富士山に源流を持つ酒匂川に潤された肥沃な田園を有し、日本三大深湾のひとつである好漁場・相模湾に開けた、我が郷土・小田原。一年を通じ温暖で、海・山・里の幸に恵まれ、多彩な生業や文化が展開する小田原は、客観的に見ても何と豊かな土地だろうかと、市長の任を与って6年が経たとうとするいまもなお、その感を日々深めている。

私はもともと、高校時代は山岳部に所属していたこともあり、地元の山はホームグラウンドでもあったこと。30歳を過ぎた頃から娘の病気療養のため自然農の生活に入り、最盛期には1町2反の田と5反の畑を耕作していたこと。農家収入だけでは不十分な現金を得るために、早朝の定置網漁業を手伝うため、毎日海に出ていたこと。同じ理由で手掛けた苗木生産業の仕事柄、里山にも頻繁に入っていたこと。街なかの商店会活動などとご縁が生まれ、さまざまな地場のなりわいの現場を知るようになったこと。そのような経験を通じて、小田原の豊かさを深く実感するに至った私の中には、地域のあるべき姿についての考えが自ずと形成されていった。それは、「地域自給圏」と言うべきものである。

酒匂川という水系を中心軸とし、その水系がカバーする地域圏の中で、人が暮らしていくために必要な要素、とりわけ、「いのち」を支えるために必要なものが、しっかりと自給できる。水や食料などの素材のみならず、それを加工し、暮らしの中に活かしていく技術や、お互いを支え合っていく文化なども含めて。それが、小田原を中心とする酒匂川水系では実現できる。いまは市長の政策目標として、「いのちを守る地域自給圏の構築」という表現をしている。これが、地域住民の安全保障の最たるものだと信じている。

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『The Drift』よりパタゴニア・スノーボード・アンバサダー、玉井太朗へのインタビュー

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編集者記:このインタビューは、The Usualとパタゴニアの共同出版『Drift』に掲載されたもので、オンラインでもお読みいただけます。さらなる情報はthedriftmag.tumblr.comをご覧ください。

神々と山々が成すもの

GENTEMSTICKのデザインについて:
僕のシェイプはたんにサーフボードを真似ているのではなく、さまざまな波に適したサーフボードがあるのと同じように、雪質や地形、そしてライディングスタイルに応じてボードをシェイプしている。デザインはパウダーはもちろん、グルーミングされた人工斜面でも春のコーンスノーでも、あらゆる雪のコンディションで機能を発揮すべきである。オーリーやビッグエアーのランディング、また回転を重視するスケートボード的なものではなく、ライダーと斜面の関係を考え抜いたボードデザインを目指している。

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チャイナ・ジャム:キジル・アスケルのサウスピラーをフリー登攀

by ニコ・ファブレス(文)、エブラール・ヴェンデンボーム(写真)

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2013年10月:やった! ついに僕ら(エブラールショーンステファン)は中国の山から文明に戻ってきた。神様、ありがとう。食事はとてもおいしいし、熱いシャワーをいつでも浴びることができる。便りが少なくてごめん。チームの緊張をほぐすためのテレフォンセックスに衛星電話の残高をつぎ込んでしまった。僕らの登攀の成功には必須だったんだ。

最初の週は周囲のすべての渓谷を探り、クライミングするのに面白そうな目標を探すのに費やした。もちろん登攀も試みたが、毎日美しい天気は午後には吹雪に変わった。僕らは特に低い気温と新雪のせいで、南壁のロッククライミングしか検討の余地がないことに気づいた。太陽が少しでも暖めてくれることを期待した。この条件は選択肢を狭めたものの、ついに僕らは探していたものを見つけた。僕らはしばらくそのビッグウォールで忙しくなった。僕らを惹きつけたのはキジル・アスケル(5,842メートル)の1,400メートルのサウスピラーだった。高く長くて険しい壁で、素晴らしいクオリティのその岩の上部には多くの白い「モノ」がついていた。これまでに登ったすべてのビッグウォールとはかなり違った経験を提供してくれるかもしれないとワクワクした。

長い氷河の先にある壁の基部にギアと食糧、楽器を運ぶのに一週間を費やした。最後の2日間は完璧な天候に恵まれ、僕らは荷物を持ってクライミングを開始し、壁の最初の400メートルをフィックスした。僕らはすぐに岩のクオリティだけでなく、登攀をユニークなものにしたフエコの形をしたクレイジーなホールドに感動した。

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チベットの雪津波:スロベニアの若手アルピニスト育成のための遠征

by ルカ・クラインツ(文)、マルコ・プレゼリ(写真)

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長年にわたる議論の末、〈アルパイン・アソシエーション・オブ・スロベニア〉(旧称:スロベニア・アルパイン・クラブ)は、夢を抱き意欲に燃える若手アルピニストの目標達成に必要な経験を積むための支援プログラムを設置した。異なる性格と目標と志(そして肥大しつつあるエゴ)を持つ7人を指導するのは容易ではない。僕たちはリーダーを必要としていた。

マルコ・プレゼリは彼自身が強い性格で十分な経験を持ち、この仕事に適任であることを証明した。ヨーロッパでのいくつかの旅を通じて、彼は僕たちのグループを活発にし、強い絆をつくる手助けをしてくれた。そして9月、僕たちは記憶に残る瞬間と色鮮やかな経験を求めてチベットへと向かった。いま振り返ると、それは成功したと思う。

[ ネパールとチベットの国境から2時間ドライブしたところにあるニャラムの町は最初の高度順応登山に最適な拠点だった。悲しいことに、昔は手つかずの小さなチベットの村だったこの地は、いまや兵士と富を求める商人であふれたコンクリートの町と化していた。 写真:Marko Prezelj ]

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パタゴニアの登攀シーズン、再び

by コリン・ヘイリー

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「じゃあ、また南で会おうぜ、くそったれども!」と書くのは、巨漢で大酒飲みでパーティーが大好きなノルウェー人のオール・リート。彼は暗い色のスカンジナビア製レザーに身をまとい、口にスヌース(北ヨーロッパで人気の袋入りの噛みタバコ)を頬ばり、ときどき怒りに荒れ狂いながら大きく険しい山を攻め、美しいトロフィー(トーレ・エガーの「Venas Azules」など)を手に帰還する。毎年11月、僕はオールやその他のノルウェーのアルピニスト、そして他のパタゴニアック全員をアルゼンチンのエル・チャルテンに招集する。地球上で最もテクニカルで最も素晴らしく、強烈かつ最高に楽しいアルパインクライミングができる、パタゴニアのチャルテン山群に向かうのだ。

編集者記:コリンはエル・チャルテンへ出発する前にこの記事を書いてくれました。彼はすでに現地で3週間を過ごし、いくつかの登攀を達成しています。コリン、マイキー・シェイファーケイト・ラザフォードなどパタゴニア・アンバサダーとその仲間たちのパタゴニアでの活動についての最新情報は、#VidaPatagonia ライブアップデートをご覧ください。彼らのInstagram、Twitter、ブログの投稿などをシーズン通してお届けします。

ワシントン州ほどの人口しかないノルウェーがなぜパタゴニアのアルピニズムにおいてこれだけの存在感を放つのだろう。パタゴニアの山は非常に困難で、天気はしばしば酷く、彼らには非活性のバイキングの血が確かに流れているというのに。けれど僕が思うに、その真実はオールや彼の同郷のクライマーの出身地にある。

[写真上:アグハ・デスモチャーダを前景にトーレを臨む。全写真:Colin Haley]

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サーフィン・アンバサダーの冬休みの読書感想文:僕が尊敬する小さな巨人

By 木下 デイヴィッド 

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僕がはじめてミッキーさんと会ったのは、高校1年生のときだった。僕らはミッキーさんを成田空港に迎えにいき、その足で千葉太東にある民宿に向かった。当時の僕はお金がなかったので、僕だけは寝袋にくるまって車のなかで寝たのを覚えている。朝起きると太東ポイントは信じられないほど混雑していて、僕らは南の御宿と勝浦を目指した。そしてオーバーヘッドのマリブではじめて一緒にサーフィンをした。そのとき「ミッキーサーフクリニック」を御宿海岸で開催し、総勢40名ほどのロングボーダーファンが集まった。シングルフィンの重いロングボードに、何人かはBEAVER TAILのウェットスーツを着て、まるで60年代を再現したかのように皆でミッキーさんとサーフィンをした。

会う前はワイメアをはじめて乗った人と聞かされて、威圧感のあるタイプの人かと想像していたが、数日間一緒に過ごすうちにそんな印象はまったくなく、偉ぶったりしない人だというのが分かった。数日後に東急ハンズにシェイプの道具となる小さな小さなかんなを買いに行ったときも、まるで子供がショーケースのなかのミニカーを見るように目を輝かせ、「これは日本でしか買えないんだよ」と喜んでいた。やがてミッキーさんの帰国日がやって来て、僕は何かプレゼントしたいと思い、実家にあるペアのこけしを勝手に持ち出してプレンゼントしたのを覚えている。

[ 僕とミッキーさん。七里ヶ浜正面 ]

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大根からグリーンピースへ:インターンシップ・プログラム活動報告

by 寺倉聡子 (パタゴニア日本支社 マーケティング部)

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東日本大震災のあった年の秋、気仙沼の仮設住宅へ、つづく道を歩いていたとき、民家の庭先に青々とした葉を茂らせた大根を見た。新鮮で、いかにも美味しそうだった。しかし、放射性物質で汚染されているのかもしれない……と考えた。五感で察知できない放射性物質という危険物を右脳が理解した。その瞬間、身の毛がよだつような恐怖に襲われた。あのとき、再生可能エネルギーを増やして脱原発へ向かう、自分にできる行動を「実際にやらなくては」というエンジンがかかった。

その後、地元鎌倉で地域からエネルギーシフトを目指すサークルに参加し、節電のためのアンペアダウン活動やミニ太陽光発電キットを作るワークショップなどにも参加した。しかし平日はフルタイムでパタゴニア社での勤務がある。脱原発を目指すさまざまな活動のニュースを横目に見ながら、「いま、私はこの仕事をしていて、いいのだろうか?いま、やらなければならないことが他にあるのでは?」と自問することもあった。そして国際環境NGOグリーンピース・ジャパンで活動するためにパタゴニア社のインターンシップ・プログラムに応募し、同団体での勤務が承認された。申請が受理されたというメールを見たときの喜びはいまでも忘れない。これで平日の昼間であっても再生可能エネルギー普及のための活動をすることができる。大げさなようだが、心が解放され、気持ちが楽になった。

【 上:マイクロ小水力発電機「すいじん3号」を開発中の(株)マルヒの皆様 全写真:寺倉聡子 】

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ダムネーション:アラスカ、(サステナブルでない)スシトナ川の巨大ダム建設案

by マット・シュテッカー/トラビス・ラメル

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スシトナ川は不屈のアラスカ山脈から流れ出る氷河性大河だ。地平線にはデナリがそびえ立つ。アメリカにわずかに残されたダムのない野生の大河のひとつで、キングサーモン、ベニザケ、ピンクサーモン、ギンザケ、シロザケが大量に生息する。これらの魚は激流をさかのぼり、澄んだ支流へと産卵に向かう。スシトナ川、通称「スー川」では、アラスカで4番目の規模のキングサーモンの遡上が見られる。毎年何十万匹もが力強く川を上っていくのだ。

そしてアラスカ州は、このスシトナ川に全米第4の高さとなる224メートルの水力発電ダム建設を企てている。スー川での水力発電案が持ち上がったのは今回がはじめてではなく、1950年代と1980年代にダム建設の可能性が調査された。しかしいずれも経済的意味がないとみなされ、実現には至らなかった。

[写真上:ダムの貯水池に水没することになる、コシーナ・クリークとスシトナ川の合流点と原生林。写真:Matt Stoecker]

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