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「ノーズ・ワイプ(鼻の掃除)」:エル・キャピタンの「ノーズ」のワイプ

By デーブ・N・キャンブル

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ノーズ清掃のとある1日。著者と国立公園レジャーのベン・ドイル。©Cheyne Lempe

2004年


パートナーの叫び声にハッとし、彼のいる、昨夜のビバーク地だった空中に吊られたポーターレッジを見下ろした。僕らはエル・キャピタンの「シールド」ルートの上部を登攀中で、つぶした24個のアルミ缶を含む5日分のゴミの詰まった黄色のドライバッグが地面に向かってみるみる小さくなっていくのを、なす術もなく見つめた。空中を落下したバッグは20秒も経ってからこの巨大な岩塊の麓にぶち当たり、四方八方に飛び散った。その衝撃音はハーフドームにこだました。



その黄色のバッグはきちんとクリップされておらず、次のビレーステーションにホールバッグを引き上げる作業をはじめたとたん、あっさりと外れてしまったのだった(クライミング的に言うと、このドライバッグのバックルはピンと張ったドッキング・ラインに誤ってクリップされており、パートナーがバッグを降ろしたときに外れてしまった)。それは3月で、さいわい僕ら以外は誰も、このルートには取り付いていなかった。とはいえ、この過ちは後続パーティーを殺しかねないものだ。比較的経験が浅い僕らは、寝袋などの致命的なギアを落とさなかったことに胸をなでおろした。湧き上がっていた黒雲がトップアウトしたとたん、激しい雨を降らせた。暗闇のなか、濡れて滑りやすくなった下降路を必死に下り、何とかアワニーホテルへの道をたどると、パチパチとはぜる暖炉を横に床の上で寝た。翌朝そそくさと退散した僕らは、黄色いバッグのことなどすっかり忘れ、後片付けもせずに、一目散に学校に車を飛ばした。

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サーフィン・アンバサダー、今井玄を偲んで

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パタゴニアの大切な友人であるサーフィン・アンバサダーの今井玄さんが、2013年11月9日、タヒチの海で亡くなりました。彼のような若く、勇敢で、心優しいビックウェーバーを失ったことはいまだ信じられず、私たち皆が深い悲しみに包まれています。  

神奈川県大磯町ではぐくまれた偉大な才能は、より深いサーフィンへの探求心によって、タヒチ島へと導かれていきました。彼の海、そしてビックウエーブへの真摯な思いと、挑戦しつづける情熱的な姿勢は、師と仰ぐライマナ氏をはじめとするたくさんのタヒチの人々から、愛と尊敬を集めていました。ローカルサーファーとしてテアフポオ(チョープー)の大波に果敢にチャージする彼の姿を、誰もが忘れることはないでしょう。  

彼は今、自身の愛したタヒチの海、そして故郷である大磯の海に眠っています。  

今井さんのご家族、ご友人、そしてこの悲しいニュースに胸を痛めるすべての人に心からお悔やみを申し上げます。

以下はその日の前週に、クリーネストラインに投稿した今井玄さんの記事です。

【写真上:今年6月21日に鎌倉で開催した『Patagonia Media Scramble 2013~40 Years of First』での今井玄さん】

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時間を越えて共有するもの

by 横山 勝丘 (パタゴニア・アルパインクライミング・アンバサダー)

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やっぱりクライミングって素晴らしい。なにを今さらと思われるのは百も承知だし、クライミングが他のスポーツよりも優れていると主張するモチベーションもない。でも、やっぱり良いものは良いと思わせてくれたアメリカでのクライミングだった。

10月初めに政府の混乱によってアメリカ国内すべての国立公園が閉鎖になり、行き場を失ったクライマーたちが取った行動はどれも似通っていた。ヨセミテにいた連中とユタ州のインディアンクリークで再会し、ザイオン国立公園がオープンしたと聞けばそっちに流れ、ヨセミテの公園再開の知らせとともにみんなして意気揚々と1,500キロもの道のりをドライブしてカリフォルニアに戻る。まるで光に集まる虫のようだ。

[ ホットライン2ピッチ目(5.12a)の核心を登る ]

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脱原発をめざす首長の輪:第五首「地域での暮らしを問い直し、自分なりの楽しみを創り出そう」

by 曽我逸郎(長野県中川村・村長)

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◆「日本で最も美しい村」

中川村は、「日本で最も美しい村」連合に加盟している。「最も美しい村」はフランスに発し、イタリアやカナダ、ベルギーにも広がる運動だ。日本では2013年3月時点で49の町村と地区が加盟しており、福島県飯舘村もその仲間だ。 飯舘村では、「までい」を合言葉にして村づくりの努力を積み上げてきた。「までい」とは「両手で、手を抜かず、念入りに」といった意味だそうだ。 飯舘牛として有名な畜産をはじめとする産業振興、教育、女性の活躍など、数々のユニークな取組みが重ねられていた。しかし、それらのすべてが、東京電力福島第一原発の放射能災害で台無しにされてしまった。

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パタゴニア・ブックス最新刊『Climbing Fitz Roy, 1968』:失われた第3登の写真についての覚書 イヴォン・シュイナード他著

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時代の転換期にあったこの年、歴史的な大ロードトリップに出た3人のロッククライマーと1人のスキーヤー、そして1人の映像製作者。カリフォルニア州ベンチュラのビーチ沿いの掘っ立て小屋から出発し、パタゴニアのセロ・トーレの麓を目指して、道がなくなるまで約1万3千キロの距離を旅したこの6か月の冒険は、カルト的クラシックとなる2つの映画(『Mountain of Storms』と『180°South』)を生み出すとともに、同地を名祖とする企業と、歴史的な登攀を築くことになりました。取り憑かれるほどパワフルな登攀時の写真は火災で消失されたと思われ、長い間忘れ去られていたコレクションです。ストーリーは5人の参加者の回想によって綴られました。

以下はダグ・トンプキンスによる『責任のない大冒険』からの抜粋です。

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Worn Wear:新谷暁生氏から届いた着ることについてのストーリー

キースとローレン・マロイが考案したWorn Wearは、キースが長年にわたって使用してきた自身のサーフ・ギアにインスピレーションを受けてはじまった取り組みです。2人はWorn Wearブログをスタートさせ、そこを皆様のお気に入りのパタゴニア製品にまつわるストーリーをシェアする場としました。この取り組みの開始にあたり、イヴォン・シュイナードものちにすべての「元祖」となるフリースについてのストーリーを寄稿しています。今日は日本人としては最初の投稿となる、イヴォンとも親交のある新谷暁生氏によるストーリーをご紹介します。

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クリーネストライン

アウトドアウェアを製造/販売するパタゴニアの社員、友人そしてお客様のためのブログです。パタゴニアについては patagonia.jp をご覧ください。

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