ランシサ・リ北壁 – クライミングのある人生
眼下には午後の光を受けたランタン氷河がうねり、氷河を取り囲む峰々の向こうには、壮大なシシャパンマ峰の南西壁が輝いていた。ランシサ・リ峰(6,427メートル)北壁、5,700メートル地点。取り付きのシュルンドを越えてから標高差にして800メートル登ってきたこの場所で、僕は目の前の壁を見上げていた。傾斜は強い。弱点はない。黒いスラブには点々と雪が付いているが、体重を支えられるような代物ではない。弱点を探してスカスカの悪い雪壁をトラバースしてきたものの、突破口は見出せない。「行き止まり。この壁は突破できない」 アンカーまで登ってきた相方と顔を見あわせる。敗退の決断をすることに多くの言葉は必要なかった。
この山に登りたいと思ったのは2年前、同じ山域のヤンサ・ツェンジ峰の南壁に挑んだときだ。このときも敗退だったのだが、失意のなか雲の切れ目から覗いたこの山の北壁は壮大で、秀麗で、とても美しかった。「あの壁を登りたい」 この2年間そう思いつづけ、そして国内外で多くの登攀をともにしたパートナーの同意を取り付け、2012年この山域、ランタンヒマールに戻ってくることができた。日本を出てから10日後に標高4,300メートルのベースキャンプにたどり着き、約1週間の高所順応と下降路の偵察山行を済ませ、2012年11月1日にこの壁へのトライを開始した。
落石にびびりながらシェルントを越え、浅いルンゼ状の底に張り付いた氷壁をコンテで駆け上り、壁の弱点を突いてミックス壁を左上。2日目の昼には顕著なリッジ上に這い上がる。2晩つづけて床の3分の1は宙に浮いているテントで夜を過ごし、傾斜が強くなる壁の中間部へと入っていった。登攀3日目は、まったく日が当たらないために乾燥してスカスカの雪壁と脆い岩壁のコンビネーション、そして手足の末端を蚕食する強い寒気に苦しめられた。不安定なコンディションを克服して目の前のややテクニカルなセクションをこなす自分に、この10数年クライマーとして積み重ねてきた経験とスキルの蓄積を感じて、少しだけ温かい気持ちになったのもつかの間、敗退をよぎなくされたのだった。
思いを込めてトライした山に弾き返されることは本当にやるせない経験で、ただただ自分自身が惨めで情けない。とても手痛い失恋に似た心象風景、といったら分かりやすいだろうか。本当にあの壁は越えられなかったのか。もっと強い自分を用意できていたら突破できたのではないか。もっと慎重に偵察をして、あるいはもっと下から左に回りこんでいたら突破できたのではないか。もっと自分が強かったら…。そんな考えても仕方のないことが下山後も消えず、「ヒマラヤの壁に自分のラインを引く」という夢の実現のチャンスが自分の手からこぼれてしまったこと、そして自分の弱さや情けなさを受け入れることは、少しだけタフな作業でもあった。
帰国後の12月下旬、ランシサ・リをともにした相方と北アルプスの山奥のマニアックな岩壁を登りにいった。人気のない深い山、ブッシュは多いものの大きくてかっこいい岩壁、そしてそんな環境のなかで納得のいくパフォーマンスが発揮できた瞬間、あらゆることがなんだかとても深く楽しく感じた。クライミングはなんだかんだ言ってやっぱり最高だ。たとえすべてが成功しなくとも、何か思いを持って生きることは、ただそれだけで生きるに値することなのかもしれない。
さて、次の休みはどこに行こうか。