誠実なドーナツ
パタゴニアで働くなかでの素晴らしい財産のひとつに、興味深い人たちに出会えることがあります。ベンチュラ本社でオンライン・マーケティングを担当するマーク・シマハラは、旅で訪れる先々でカフェやベーカリー探索にいそしむほどのコーヒー&焼き菓子好き。今年の春にはパタゴニアの環境インターンシップ・プログラムを利用して、持続可能性に配慮したコーヒーを認証する団体とともにグアテマラにも行きました。そんな彼が一押しの日本のあるドーナツ・ショップとの出会いと、その魅力について語ってくれました。
1年前のある金曜日の夕方、友人のクリスが〈1%・フォー・ザ・プラネット〉のメンバーたちに社内ツアーをしていた。パタゴニア本社のあるベンチュラオフィスの社員はすでにほとんどが帰宅していたが、まだ仕事をしていた僕にクリスが日本の九州でドーナッツショップを経営しているケンジと奥さんのアサコ、娘のマリを紹介してくれた。甘いものには目がない僕。「ドーナツショップ!いい!」と思った僕は、数週間後に親戚を訪れるために日本に行くことを伝えると、彼らが博多にあるショップに誘ってくれた。やった!
彼らがその場を去ると、僕はさっそく彼らの店「Canezees Doughnut(ケンジーズドーナツ)」のウェブサイトをチェックしてみた。彼らのドーナツはとても控え目で、予想していたカラフルさはない。カラースプレーもかかってない。けれどもケンジは、ベルギー産チョコレートやウガンダ産バニラなどでセンスの良さを出していた。うーむ・・・。耐え難いほどつらいことだが、じつは僕はとくに自転車のシーズン中は、焼き菓子は控えるようにしていたのだ。もう少しウェブサイトを見てから、僕は急いでツアー中の彼らのあとを追った。
そして駐車場でちょうど帰ろうとしていた彼らを見つけることができた。彼らのお店に本当に行くことができるといいなと思いながら、僕がベイカリーやカフェに魅せられていることを伝えた。
ケンジは「ヘルシーな」ドーナツをどのようにして作るのか、また使用後の植物油を会社の車の燃料に使用したり、地元では自転車でドーナツを配達していることなどを話してくれた。彼はまたビジネスを地域のためにも役立てていた。〈1%・フォー・ザ・プラネット〉のメンバーになってからの4年間、毎年売上の1%以上を〈清流川辺川を守る県民の会〉や東アジアの渡り鳥の渡来地を守るために活動する〈ウエットランドフォーラム〉といった環境保護グループに寄付している。また今年の春は〈国境なき医師団〉による東日本大震災の援助活動のために資金調達もした。
さて数か月後に話を早送りをしよう。僕は日本に来ていた。たとえハードなスケジュールで、それがたった6時間だけの寄り道になったとしても、僕は「ケンジーズドーナツ」を訪れようと心に決めていた。誠実さを込めてドーナツを作るなんて、どういうお店なんだろう。どんな味がするんだろう。僕はケンジと彼のお店が実際に営業しているところを見てみたかった。それに自転車のシーズンではなかったし、ドーナツでちょっと贅沢してもいい時期ではないか。
ショートニングやコーンシロップは一切使わない。小麦粉も地元のものを使用するが、生地によりよい弾力性をもたせるためにグルテンを多く含むアメリカやヨーロッパ産の小麦粉を加えるそうだ。
ケンジは以前、レストラン・バーを経営するインテリアデザイナーだった。残ったピザの生地を使って自分の娘にドーナツを作っていた彼は、娘がそれまで食べていたブドウ糖果糖液糖やショートニングや酸化した油を使って作られたドーナツよりも、ヘルシーなものが作れるのではと考えた。そのころ周辺地域で起きた飲酒運転事故が原因でバーの経営は悪化していた。ほどなくレストランでドーナツを出しはじめ、そしていまではドーナツだけを売っている。
ケンジのお店ではハニーシュガーのような定番のドーナツも出しているが、メープルシナモンのようなバリエーションもある。また、ゆずやきな粉といった日本らしいフレーバーも用意している。普通、焼き菓子を食べたあとは、何か重くて脂っこいものを食べたような感じになる。脂の固まりが胃のなかへ落ちてくるような感じだ。でもケンジのドーナツは違う。彼のドーナッツはとても軽い食感。しつこくなく、重くない。揚げ物特有の満足感はあるのに脂っこくなく、甘さも適度だ。それに人工的な後味もない。実際、僕はそれまでこんな誠実なドーナツは食べたことがなかったのだ。