スポーティング・セール:ある一家のダウンヒルにまつわる1977年来の伝統
ビリー・スミスがオフィスでパタゴニアのウェットスーツやサーフギアの開発に取り組んでいないときは、仲間と一緒にベンチュラやサンタ・バーバラの丘でスケートボードを楽しんでいるはずです。実際、彼らの姿を見過ごすのは簡単ではありません。ビリーと弟のニックは、パラシュートのようなスピードブレーキのあるスポーティング・セールの共同開発者です。けれどもスポーティング・セールは、そもそも彼らの祖父H. W. スミス・Jr.によってこの世に生み出されたものなのです。
————————————————–
弟と僕はコロラドにある祖父の家の屋根裏で、花火やアルコールがないかとあちこち引っ掻きまわしていた。そのときに発見したのが、色鮮やかなカイトかマントのようなものが詰まっていた古い段ボール箱だった。それが何だか分からなかった僕らは祖父に聞いた。すると彼はこう答えた。「スキー・クリッパーさ。私が作ったんだよ。速度を落としてくれるんだ。楽しいぞ。昔は一度に20個以上を開いてスキー場を飾ったもんだ。みんなで並んで滑っていると、スキーリフトのうえから見ていた人たちが歓声を上げたりしてね。雪のうえをカービングするようにジグザクに坂を下りながら、山の風を楽しむんだ。太陽の光が透き通って、私たちをいろんな色合いや光に照らしてくれた。青い空とアスペンのあいだの白い雪を背景にした、見たこともないような美しい光景だったよ。簡単だから、お前たちも試してみるといい」 僕らは試してみて、そしてすぐに触発された。その感覚は、地上で経験できる人間飛行に限りなく近いものだった。
僕らは幼いころ想像力を働かせて、ベッドシーツや布を使って速度を落とそうとしたものさ。その想像力は大人になっても忘れることはなかった。ただその想像力のうえに積み重ねていっただけ。だから、これを祖父の屋根裏で見つけたとき、触発された。世界の人びとにこの感動を伝えたかったんだ。
僕たちは焦点を雪から道路へと移すと、ミュアウッズを取り巻くレッドウッドの群生にたたずむマリン・ヘッドランドやマウント・タマルパイスの頂上から、祖父のコンセプトをスケートボードで試しはじめた。安定性を向上させながら速度をコントロールして安全性を確保するのが、これほど簡単に感じられたことはなかった。僕たちの目標は降下技術を再開発しないということだったが、結局僕たちがしたのはまさにそれだった。それからというもの、この忙しい時代にスローダウンして「ペースを落とす」という経験自体が大切で、同時にそれを世界に伝えるということも必要だということになった。結局は、スキー・クリッパーの発明者である僕らの祖父は、大人になることを急がなかったのだ。そんなことを気にかける暇もないぐらい、人生を楽しんでいた。
スキー、スノーボード、スケートボード、そしてサーフボードなどで何度か試したあと、弟と僕はカリフォルニア州ミルバレーのガレージで自分たちの試作品を作りはじめた。そしてこの色とりどりのカイトにスポーティング・セールという新しい名前をつけた。空気抵抗の実験をつうじて新しい自信を得た僕らは、小さいスラローム用のスケートボードを使ってさらに急な坂を試すようになった。スラローム用のボードは、従来の「一直線爆弾」のロングボードよりも反応性がいい。スポーティング・セールはトウイン・サーフィンのようにコンパクトで遊びがあるので、長い坂でさらに大きいカーブを描くことができるのだ。その過程でまったく新しいラインを描くことになる。
スポーティング・セールが秘める可能性に気づいた僕たちは、パタゴニアやFCDサーフボード、ロング・トレックス・オン・スケート・デックスの仲間たちと共同で、デザインの細部を煮詰めはじめた。研究開発として、パタゴニアのスピード・アセント・アルパイン・ジャケットや、カイトサーフィンのフォイル、軽量のクライミング用バックなどに注目した結果、耐久性のため2重のシリコン加工を施した1.15オンス、通気性ゼロのリップストップ・ナイロン生地がスポーティング・セールに最も適しているという結論にいたった。そして、クリーンクライミングならぬ、僕らスケートボード版の「クリーンディセント(降下)」を作り出したのだ。速度をコントロールするために、グローブや靴を引きずってボロボロにすることももう二度とない。