ポイントは永久に

Puntadelobos

最善の日は———それは実際いつものことですが———ミラドーからの景色は人が想像しうる最高に美しいものです。前景にあるサボテンの先には突き出た鼻のような形をしたお城のような城塞が見え、渦巻く海鳥の群れや太平洋から行進してくるスウェルの長い線、そしてそれらが白波となってポイントを叩きつける情景があります。

それはプンタ・デ・ロボスの人たちが何世代にもわたって賞賛してきた景色であり、このチリの海岸にある小さなコミュニティでの暮らしとアイデンティティの不可欠な一部となっていました。しかしすべての美しい海辺の景色と同じように、それはまた近年開発者が待望する場所でもありました。彼らの頭では、どのような海景もタワーマンションの7階から見れば、より素晴らしいからです。

【 プンタ・デ・ロボスはあまりにも希な成功のストーリー。チリ、ピチレム。写真:Jason Murray 】

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スラブハンター、ベン・ウィルキンソンの木工品

by マルコム・ジョンソン


Hawaii

自営業にはある種の自由があること、そして波が巨大になってきたときはいつでもサーフィンに行きたければ、自由が第一条件であることをベン・ウィルキンソンが知るのに長くはかからなかった。

【 100年前にハワイにやってきたネムノキは世界で最も早く成長する木の種として知られている。それは自生の植物を抑圧する存在であり、またその大きさに比べて弱く、枝は簡単に折れ、人間とその所有物にとって危険だ。ここではベン・ウィルキンソンが新たに切り倒された巨大な木を製材している。写真:Travis Rummel 】

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海が教えてくれた私の生き甲斐と、サーフィンが教えてくれた私の生き方

by 武知実波(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー

①サーフィンと私。
「生き甲斐」について考えてみる。国語辞典によると、「生き甲斐」とは、「生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び。」であるそうだ。私はこの「生き」る「甲斐」を、海に教わってきたように思う。1歩水に足を入れる。陸にいたときに、見栄や欲でできた鎧を背負っていたことに気づく。父が削ってくれた、私だけのボードに乗り、沖へ向かう。いったん海に入れば自身も自然の一部と化す。海は不要なものを私の体からおろしてくれて、そして教えてくれる。自分がどんなに無力であるか、そして自然との同調こそ最も人間的で自然的、そして合理的であるということを。

海と関わり合って生きていく。その過程で経験することのすべてが私の生き甲斐であり、きっとこれからもそう。海と私をつなげてくれたのは、大好きな両親。そして両親が海と関わる仲介役に選んだのが、「サーフィン」だった。徳島県阿南市で生まれ育った私は、幼少期から両親と弟と海に向かう日々を過ごした。契機は8歳のとき。いまでも覚えているのは、あるときパッと「サーフィンしたい」という文言が降りてきて父に宣言したこと。私のサーフィン人生はここからはじまった。中学2年生から世界ジュニアサーフィン選手権の日本代表を4年連続経験し、高校3年生のときに日本プロサーフィン連盟公認のプロサーファーとなり、同年ルーキーオブザイヤーを受賞した私は徳島大学に入学し、海外のツアーをおもに転戦する。たくさんの勝ち負けを経験してきたが、海外に出ることで試合の何十倍もの数の、新たな場所、人、文化、慣習、そして経験と出会うことができたことこそ最大の財産であり、それらがいまの私を形作っている。

そして、サーフィンに恩返しをする。「私に多くを経験させてくれて、さまざまな物事に対して考えるきっかけを与えてくれたサーフィンに恩返しをすること」 これがいまの私が掲げる目標のひとつだ。今日は私が考えるそのことについて、少しお話ししたいと思う。

【 サーフィンと私。ここから私のサーフィン人生が始まりました。全写真:武知実波 】

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『フィッシュピープル』の舞台裏

by ドニー・ヘデン

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映画制作……。ある人は絵コンテにしたがい、またある人は本能にしたがう。キース・マロイはどうだろうか。 彼は本能がすべてで、計画はゼロ。いや言い換えよう。彼には計画はある。ただ髭の裏に隠されたそれが何か理解しがたいだけだ。だが幸運にも彼には、計画を立て、カメラを操り、音声を録音し、スキューバダイビングし、消火作業が得意な友人(そして伝説的な妻)がいる。忘れがたい映画を作るには村ひとつ、そして本能に突き動かされる誰かが必要だ。最近iTunesで公開されたばかりのキースの最新作『フィッシュピープル』はまさにそんな映画だ。

【 タヒチで1日の制作を終えてボートに戻る『フィッシュピープル』の監督キース・マロイ。写真:Donnie Hedden 】

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カイウィを渡る

by ベン・ウィルキンソン

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8時間前、僕らはパドルのないカヌーチームだった。交通手段をぎりぎりで乗り換えて「モロカイ・ホエ」のスタート地点にたどり着いたとき、我がチーム〈Bad News Bears〉はまさにアウトリガーレース界の『がんばれ!ベアーズ』のごとく、最も重要なギアを別のトラックに忘れてきたのだった。

【 1952年以来毎年開催されている「モロカイ・ホエ」アウトリガーレースには、体力と技術と持久力が要求される。カイウィ海峡の大海原をオアフ島へと横断することは、風と海流とスウェルと疲労との長い苦闘を意味する。写真:Tim Davis 】

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世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレース「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」

by 金子ケニー(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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2016年の11月、僕はオーシャンアウトリガーカヌークラブの仲間たちと、タヒチで行われる世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレースといわれる「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」に参戦した。古代の太平洋に生きた人びとにとっての、起源であり、桃源郷であり、理想郷と呼ばれる「ハワイキ」を目指し、3日間でフアヒネ島、ライアテア島、タハア島、ボラボラ島を渡り、135キロメートルを漕ぐレースだ。

僕は7年前、アウトリガーカヌー(以下Va’a)をはじめたときから、いつかはハワイキ・ヌイ・ヴァアに出たいと夢見ていた。世界中のレースで圧倒的な速さを誇るタヒチアンに魅力を感じていたのだ。タヒチに行って肌で感じないかぎり、彼らの速さの秘密を知ることはできない、と思っていた。 それからというもの、毎年ハワイのモロカイホエなど、多くの海外レースに出場することはできても、なかなかタヒチでのハワイキ・ヌイ・ヴァアに出場することはできなかった。 3日間で135キロメートルを漕ぎ切る意思をもった人が集うということは、そう簡単にできることではない。ましてや6人で漕ぐVa’aで過酷なこのレースに挑むとなると、クルー全員が何か月ものあいだ、朝練と週末練をする必要がある。そのためには家庭や仕事との調整をつけて取り組まなくてはいけない。
「覚悟」が必要なのだ。

[ 力を合わせ一つになり、3日間漕ぎつづける。 写真:金子ケニー ]

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海が変えた僕の人生について

by 眞木勇人(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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先日、キース・マロイ監督の映画『FISHPEOPLE(フィッシュピープル)』を観る機会に恵まれました。映画はパタゴニア・アンバサダーでもあるキミ・ワーナーやタヒチのビッグウェーブサーファーのマタヒ・ドローレなど、「海」によって人生が変わった6名の人物のリアルライフスタイルドキュメンタリー。今回この映画を見て思ったのは、海と関わる皆それぞれが「海」との特別なリレーションシップがあるということ。私も例外ではなく、海から多大なる影響や恩恵を受けている。今回は私自身と海との関係について少し書いてみようと思います。 

【 台風スウェルの沖縄にて。波は、海と大自然からのおくりもの。写真:Daichi Sato 】

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ナノグリップと私の「脱げない」関係

by 岡崎友子

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私にとって水着とは、普通の服よりも多くの時間をともにする関係と言っても言い過ぎではない大切なもの。サーフトリップ、いやじつは普段から下着をつけるのはあまり好きではなく、代わりに水着を着ていることはしょっちゅう。だから脱げません。そして出掛ける用事や人と会う約束がないときなどは、海から帰ってきてシャワーを浴びたらもうパジャマみたいな格好が多いので、人前で着るもののなかでは水着にいちばん気を使います。

まあ、言ってしまえば仕事着のようなものでもあり、自分がやっていることをサポートし、よく見せてくれる手助けもしてくれる大事なものでもあります。だからこそ、水着にはこだわりたい。多くの女性が服のおしゃれにこだわるように、自分に似合う、自分らしい色やデザイン、体型をカバーするデザインを選びたい、動きやすくずれないこと、そして何よりハッピーになれる、モチベーションを上げてくれるくらい気に入っていて脱げないものを着たいと常々思っています。

そんなことから大学生のころ、水着を作りはじめました。誰も着ていない柄で作りたいけどオリジナルのプリントなど作れる資金も規模もなかったので、一枚一枚ハンドペイントでオリジナルの柄を描いて作っていました。自分の体型(チビ、お尻が大きいのに扁平で垂れている、大根足、腕が太い)をカバーし、少しでも格好よく見えるカッティングなどを研究し、一年中見る景色やふとした出来事などから柄を考えることも、大変ではあったけれどとても好きでした。

【 25年くらい前、私がデザインした柄のラインアップ。ハイレグなのが時代を物語るけど、じつは今年、ワンピースやハイレグがカムバックしている。流行はめぐり巡ってくるから、Worn Wearも取っておくのは正しい。全写真:岡崎友子 】

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スリランカへの再訪

by ベリンダ・バグス

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ほぼ10年ほど前、永遠に割れつづけ、見渡すかぎり人っ子ひとりいない神秘的なポイントの話を耳にしました。そんな話を聞いてぜひとも行ってみたいと思わないサーフィン中毒者がどこにいるでしょう。それがたとえ渡航勧告を無視し、内戦によって不安定な状況がつづく地域に足を踏み入れることであっても。

若くて経験もなく、ほぼ間違いなく愚かだった私は、数人の友人とともに旅に出て、アルガムベイで人生最高の波を体験しました。そこはスリランカの南東沿岸に位置し、時間が緩やかに流れる漁村でした。2004年のインド洋大津波から1年が経っていた当時、長年の武力紛争に苦しんできたこの地域は、やっと一般市民に開放されたところでした。

軍による検問はひんぱんにありました。車内で昼寝をして目を覚ますと、AK-47ライフルを頭に突きつけられながら、車の上に積んでいる荷物について質問を受たりもしました。それはこの旅は間違っていたと思うに十分な体験でした。でも車の上にあるのはサーフボードだけだと伝えると、彼らは笑顔とシャカサインで別れを告げていきました。これらはスリランカ人をうまく象徴している体験だと思います。彼らは戦争の真っ只中でも、笑顔を分かち合うことを忘れていませんでした。

【 「家を離れる私の旅の中心は、たいてい冒険と波の追求。この旅も、スリランカの暖かい水と神秘的なポイントブレイクの再訪として、ほぼ同じようにはじまったの。 でもパタゴニアがフェアトレード・サーティファイド製品をここから調達すると知って、それらがどのように作られているかを見る機会にも飛びついたわ」 写真:Jarrah Lynch 】

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The More Things Change (変われば、変わるほど):ジェリー・ロペスのウルワツ・トークストーリー

by ジェリー・ロペス 

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ジェリー・ロペスがはじめてウルワツでサーフィンをしたのは1974年のことでした。バリの伝説的な波は美しく魅惑的で、辺りは閑散としていました(詳細は後述)。そして40年後、ジェリーはそこでヨガの合宿を主催し、教室の合間に波に乗り、ウルワツを次世代に残す保護活動を支援するため、戻ってきました。この短編ドキュメンタリーでは、ジェリーがウルワツとサーフィンを変化の隠喩として使いながら、ブキット半島、バリ、そしてサーフィンを越えた多様なメッセージを伝えています。ネイサン・マイヤーズ監督の『The More Things Change (変われば、変わるほど)』は、ジェリー・ロペス、デーブ・ラストヴィッチ、ロブ・マチャド、リザール・タンジュンのサーフィンにスポットを当てています。

【 ウルワツの崖を背景にボトムターン。この頃はまだ丘の上にホテルを建てようと考える者すらいなかったはずだ。写真:Dana Edmunds 】

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クリーネストライン

アウトドアウェアを製造/販売するパタゴニアの社員、友人そしてお客様のためのブログです。パタゴニアについては patagonia.jp をご覧ください。

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