ユタの砂漠より

by 横山勝丘(パタゴニア・クライミング・アンバサダー)

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2017年11月1~4日までの4日間、ぼくはユタ州南東部のモアブ近郊で開かれたパタゴニア主催のプレスイベントに参加した。このイベントは、多くの文化的遺産や豊かな自然を有し、その中で遊ぶ機会を提供してくれるベアーズ・イヤーズ国定記念物が現在抱える問題を皆で共有し、その魅力を再認識してもらうという目的のもとに行われた。北米のクライミングやMTBをはじめとした、さまざまなアウトドア雑誌の編集者たちがおもな参加者だったが、日本からはクライマー代表としてアンバサダーのぼくが参加することになった。イベントでは、MTBチームとクライミングチームに分かれて2日間フィールドに出た。ぼくは、せっかくなら世界的なMTBメッカとして知られるこの地でその体験をしてみたいという希望もあったものの、結局はクライマーの編集者たちに拉致されて、2日間ともに岩場で過ごすこととなった。とは言え、それが不毛な時間とはなりえないことはもちろん知っている。

【 広大な土地に広がるベアーズ・イヤーズ国定記念物。全写真:横山勝丘 】

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すると2人がいた

by マイカ・バーハルト

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親愛なるキャズとイレナへ

あなたたちが生まれて今日で10か月が経ちました。冬のなごり雪が庭から消え去った今週、花開いたクロッカスは閉じ、あなたたちがその紫の花びらを食べる試みも間一髪で免れました。

一緒に過ごすはじめての冬、私はあなたたちをソリに乗せて引きました。私は繋ぎ止められてはいるものの、一人で歩くことができました。家の前に広がる森は私の運動とあなたたちのお昼寝、そして私たち全員の正気を保つ一石三鳥の役割を果たしました。 私たち3人は5か月間にわたって一緒に裏庭のトレイルの雪の状態を研究しました。60センチの深雪をラッセルし、雨で凍った表面をボーゲンで移動し、足首まである完璧なコーンスノーで心地よい音を立てて過ごしました。それらができないときはスノーシューで歩きました。

[ 4月のニューハンプシャーの吹雪の中のマイカとピーター、キャズ、イレナ。写真:Peter Doucette ]

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あの化繊インサレーションが復活。「マイクロ・パフが帰ってきた!」

by 森山憲一
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パタゴニアの化繊インサレーションの定番として知られた「マイクロ・パフ」。ところが、後発の「ナノ・パフ」や「ナノエア」が登場し、すっかり影が薄くなっていた。実際、すでにカタログラインナップからは消えている。

そのマイクロ・パフシリーズが、この秋から復活する。まずはフーディジャケットが発売され、来年春からはフードなしジャケットとベストも登場する予定だ。

【 メンズ・マイクロ・パフ・フーディ 】

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遊び時間を延長

Repairtechnicians

長持ちする機能と修理への忠誠 

使い捨てが当たり前のスキー/スノーボード・ファッションの時代にスノー製品を長く使うことは、私たちが知る最も急進的な行為です。私たちは平均でわずか3年しか衣類を所有しません。にもかかわらず新しい衣類の製造に要する素材と工程は、惑星にとってはとても高くつくものです。平均的なアメリカ国民は毎年36キロの衣類やその他のテキスタイル製品を捨て、その85%が埋め立て地行きとなります。捨てられる衣類のほとんどが再利用に適したものであるにも関わらず、寄付あるいはリサイクルされるのはそのわずか15%です。

 【 昨年の冬、裁断テーブルでカッコつけるリノの修理技師たち。左から右:シルビア・アギュレラ、リバー・リース、アンディ・クック、ジョラ・シープラ、クリスタル・ロバーツ、サン・カーン、クラレット・ガルシア、ネリー・ハーネンデス、レスリー・キャッスル、アンジェリタ・ゴンザレス。写真:Ken Etzel 】

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サンパチ:登りつづける者たちへの賛歌

by 横山勝丘(パタゴニア・クライミングアンバサダー)

無題

2017年8月9日午前9時10分。ぼくとパートナーの長門敬明は、パキスタン、カラコルムヒマラヤの中央部に位置する標高6,615メートルのK7 West山頂に立った。「立った」というよりは「しゃがみ込んだ」というほうが正確だったかもしれない。ほんの少し前から、足元は雪庇との境界線も見極められないほどの濃いガスに覆われていて、いま立っている数歩先が空間であることを手探りで確認するのがやっとだった。

爆発するような喜びに包まれるか、もしくは制御の利かないほどに落涙でもするかとの期待はものの見事に裏切られた。これからはじまる標高差2,400メートルにもおよぶベースキャンプまでの道のりを思うと、山頂での時間さえも妙に落ち着かなかった。簡単な握手をして互いに写真を数枚撮っただけで、ぼくたちは5分で山頂をあとにした。

【Badal PeakからK7 Westへとつづく長大な山稜。写真:増本亮 】

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海が教えてくれた私の生き甲斐と、サーフィンが教えてくれた私の生き方

by 武知実波(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー

①サーフィンと私。
「生き甲斐」について考えてみる。国語辞典によると、「生き甲斐」とは、「生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び。」であるそうだ。私はこの「生き」る「甲斐」を、海に教わってきたように思う。1歩水に足を入れる。陸にいたときに、見栄や欲でできた鎧を背負っていたことに気づく。父が削ってくれた、私だけのボードに乗り、沖へ向かう。いったん海に入れば自身も自然の一部と化す。海は不要なものを私の体からおろしてくれて、そして教えてくれる。自分がどんなに無力であるか、そして自然との同調こそ最も人間的で自然的、そして合理的であるということを。

海と関わり合って生きていく。その過程で経験することのすべてが私の生き甲斐であり、きっとこれからもそう。海と私をつなげてくれたのは、大好きな両親。そして両親が海と関わる仲介役に選んだのが、「サーフィン」だった。徳島県阿南市で生まれ育った私は、幼少期から両親と弟と海に向かう日々を過ごした。契機は8歳のとき。いまでも覚えているのは、あるときパッと「サーフィンしたい」という文言が降りてきて父に宣言したこと。私のサーフィン人生はここからはじまった。中学2年生から世界ジュニアサーフィン選手権の日本代表を4年連続経験し、高校3年生のときに日本プロサーフィン連盟公認のプロサーファーとなり、同年ルーキーオブザイヤーを受賞した私は徳島大学に入学し、海外のツアーをおもに転戦する。たくさんの勝ち負けを経験してきたが、海外に出ることで試合の何十倍もの数の、新たな場所、人、文化、慣習、そして経験と出会うことができたことこそ最大の財産であり、それらがいまの私を形作っている。

そして、サーフィンに恩返しをする。「私に多くを経験させてくれて、さまざまな物事に対して考えるきっかけを与えてくれたサーフィンに恩返しをすること」 これがいまの私が掲げる目標のひとつだ。今日は私が考えるそのことについて、少しお話ししたいと思う。

【 サーフィンと私。ここから私のサーフィン人生が始まりました。全写真:武知実波 】

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やくしまに暮らして

by 大野睦 (屋久島公認ガイド

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1993年、大学生だった私は父と一緒に6月に屋久島を訪れた。世界自然遺産登録の半年前のことである。それが私と屋久島との出会いで、このとき私は大学を卒業したら屋久島に住みたいと思った。梅雨時期の屋久島に来たにも関わらず、一週間の滞在中に雨に降られることもなく、初夏の南国の海と緑深い森を楽しんで帰り、それから3年後、屋久島に移り住んだ。幼少期より自然が好き、動物が好きだった私が求めていた土地はこの屋久島だと強く確信したのである。その理由は日本であること。海があって山があって川があって、そこに暮らす人びとの社会がある、異国的な憧れや感動とはまた違い、凝縮された日本らしさを屋久島で感じた。その屋久島でガイドとして経験を積んでいくぞと意気込んでいた。

【 いたるところから水があふれてくる。全写真:大野睦 】

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世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレース「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」

by 金子ケニー(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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2016年の11月、僕はオーシャンアウトリガーカヌークラブの仲間たちと、タヒチで行われる世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレースといわれる「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」に参戦した。古代の太平洋に生きた人びとにとっての、起源であり、桃源郷であり、理想郷と呼ばれる「ハワイキ」を目指し、3日間でフアヒネ島、ライアテア島、タハア島、ボラボラ島を渡り、135キロメートルを漕ぐレースだ。

僕は7年前、アウトリガーカヌー(以下Va’a)をはじめたときから、いつかはハワイキ・ヌイ・ヴァアに出たいと夢見ていた。世界中のレースで圧倒的な速さを誇るタヒチアンに魅力を感じていたのだ。タヒチに行って肌で感じないかぎり、彼らの速さの秘密を知ることはできない、と思っていた。 それからというもの、毎年ハワイのモロカイホエなど、多くの海外レースに出場することはできても、なかなかタヒチでのハワイキ・ヌイ・ヴァアに出場することはできなかった。 3日間で135キロメートルを漕ぎ切る意思をもった人が集うということは、そう簡単にできることではない。ましてや6人で漕ぐVa’aで過酷なこのレースに挑むとなると、クルー全員が何か月ものあいだ、朝練と週末練をする必要がある。そのためには家庭や仕事との調整をつけて取り組まなくてはいけない。
「覚悟」が必要なのだ。

[ 力を合わせ一つになり、3日間漕ぎつづける。 写真:金子ケニー ]

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アングラーに非ざる者の手記

by アンドリュー・バー

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パタゴニアに長年寄稿する写真家のアンドリュー・バーは、最近才能ある生来のアングラーたちのグループとモンゴルへ旅しました。アングラーでない彼はそこでフライフィッシングと、写真に対する自分の情熱についての興味深い視点を発見しました。ここでご紹介するのは、とらえたイメージが魚の数よりも多かったことに感謝する彼が書いた、その旅からの記述です。

デーヴ・マッコイが僕を旅に誘うとき、その答えはいつもイエスだ。手放しで、疑う余地などどこにもない。それゆえ、モンゴルへのフィッシングトリップに参加しながら、何を釣るのかまったく知らずに到着したという人物は、僕が最初なのだ。一緒に旅するグループと落ち合ったとき、その面々については僕も知っていた。デーヴ(ベテランのフライフィッシングガイド)と彼の家族、マーク・ジョンソン(もう1人の生来のアングラー)と彼の息子、そしてフライフィッシングガイドであり環境保護活動家でもあるエイプリル・ヴォキー。釣りに関する知識が僕にまったくないことは、このグループのしょっぱなの交流で一点の曇りもなく明らかとなり、僕は自分の愚かさを、飲み干したビールグラスとともに、その最初の晩に置き去りにしたくてたまらなかった。銃でも乱射したいような気分だった。

【 夢のような緑のなかの、緑色の夢。モンゴルの高地砂漠にあるこの谷は、川によって完璧に切り開かれている。写真:Andrew Burr 】

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海が変えた僕の人生について

by 眞木勇人(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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先日、キース・マロイ監督の映画『FISHPEOPLE(フィッシュピープル)』を観る機会に恵まれました。映画はパタゴニア・アンバサダーでもあるキミ・ワーナーやタヒチのビッグウェーブサーファーのマタヒ・ドローレなど、「海」によって人生が変わった6名の人物のリアルライフスタイルドキュメンタリー。今回この映画を見て思ったのは、海と関わる皆それぞれが「海」との特別なリレーションシップがあるということ。私も例外ではなく、海から多大なる影響や恩恵を受けている。今回は私自身と海との関係について少し書いてみようと思います。 

【 台風スウェルの沖縄にて。波は、海と大自然からのおくりもの。写真:Daichi Sato 】

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クリーネストライン

アウトドアウェアを製造/販売するパタゴニアの社員、友人そしてお客様のためのブログです。パタゴニアについては patagonia.jp をご覧ください。

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