海が教えてくれた私の生き甲斐と、サーフィンが教えてくれた私の生き方

by 武知実波(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー

①サーフィンと私。
「生き甲斐」について考えてみる。国語辞典によると、「生き甲斐」とは、「生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び。」であるそうだ。私はこの「生き」る「甲斐」を、海に教わってきたように思う。1歩水に足を入れる。陸にいたときに、見栄や欲でできた鎧を背負っていたことに気づく。父が削ってくれた、私だけのボードに乗り、沖へ向かう。いったん海に入れば自身も自然の一部と化す。海は不要なものを私の体からおろしてくれて、そして教えてくれる。自分がどんなに無力であるか、そして自然との同調こそ最も人間的で自然的、そして合理的であるということを。

海と関わり合って生きていく。その過程で経験することのすべてが私の生き甲斐であり、きっとこれからもそう。海と私をつなげてくれたのは、大好きな両親。そして両親が海と関わる仲介役に選んだのが、「サーフィン」だった。徳島県阿南市で生まれ育った私は、幼少期から両親と弟と海に向かう日々を過ごした。契機は8歳のとき。いまでも覚えているのは、あるときパッと「サーフィンしたい」という文言が降りてきて父に宣言したこと。私のサーフィン人生はここからはじまった。中学2年生から世界ジュニアサーフィン選手権の日本代表を4年連続経験し、高校3年生のときに日本プロサーフィン連盟公認のプロサーファーとなり、同年ルーキーオブザイヤーを受賞した私は徳島大学に入学し、海外のツアーをおもに転戦する。たくさんの勝ち負けを経験してきたが、海外に出ることで試合の何十倍もの数の、新たな場所、人、文化、慣習、そして経験と出会うことができたことこそ最大の財産であり、それらがいまの私を形作っている。

そして、サーフィンに恩返しをする。「私に多くを経験させてくれて、さまざまな物事に対して考えるきっかけを与えてくれたサーフィンに恩返しをすること」 これがいまの私が掲げる目標のひとつだ。今日は私が考えるそのことについて、少しお話ししたいと思う。

【 サーフィンと私。ここから私のサーフィン人生が始まりました。全写真:武知実波 】

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やくしまに暮らして

by 大野睦 (屋久島公認ガイド

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1993年、大学生だった私は父と一緒に6月に屋久島を訪れた。世界自然遺産登録の半年前のことである。それが私と屋久島との出会いで、このとき私は大学を卒業したら屋久島に住みたいと思った。梅雨時期の屋久島に来たにも関わらず、一週間の滞在中に雨に降られることもなく、初夏の南国の海と緑深い森を楽しんで帰り、それから3年後、屋久島に移り住んだ。幼少期より自然が好き、動物が好きだった私が求めていた土地はこの屋久島だと強く確信したのである。その理由は日本であること。海があって山があって川があって、そこに暮らす人びとの社会がある、異国的な憧れや感動とはまた違い、凝縮された日本らしさを屋久島で感じた。その屋久島でガイドとして経験を積んでいくぞと意気込んでいた。

【 いたるところから水があふれてくる。全写真:大野睦 】

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世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレース「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」

by 金子ケニー(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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2016年の11月、僕はオーシャンアウトリガーカヌークラブの仲間たちと、タヒチで行われる世界一美しく過酷なアウトリガーカヌーのレースといわれる「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」に参戦した。古代の太平洋に生きた人びとにとっての、起源であり、桃源郷であり、理想郷と呼ばれる「ハワイキ」を目指し、3日間でフアヒネ島、ライアテア島、タハア島、ボラボラ島を渡り、135キロメートルを漕ぐレースだ。

僕は7年前、アウトリガーカヌー(以下Va’a)をはじめたときから、いつかはハワイキ・ヌイ・ヴァアに出たいと夢見ていた。世界中のレースで圧倒的な速さを誇るタヒチアンに魅力を感じていたのだ。タヒチに行って肌で感じないかぎり、彼らの速さの秘密を知ることはできない、と思っていた。 それからというもの、毎年ハワイのモロカイホエなど、多くの海外レースに出場することはできても、なかなかタヒチでのハワイキ・ヌイ・ヴァアに出場することはできなかった。 3日間で135キロメートルを漕ぎ切る意思をもった人が集うということは、そう簡単にできることではない。ましてや6人で漕ぐVa’aで過酷なこのレースに挑むとなると、クルー全員が何か月ものあいだ、朝練と週末練をする必要がある。そのためには家庭や仕事との調整をつけて取り組まなくてはいけない。
「覚悟」が必要なのだ。

[ 力を合わせ一つになり、3日間漕ぎつづける。 写真:金子ケニー ]

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アングラーに非ざる者の手記

by アンドリュー・バー

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パタゴニアに長年寄稿する写真家のアンドリュー・バーは、最近才能ある生来のアングラーたちのグループとモンゴルへ旅しました。アングラーでない彼はそこでフライフィッシングと、写真に対する自分の情熱についての興味深い視点を発見しました。ここでご紹介するのは、とらえたイメージが魚の数よりも多かったことに感謝する彼が書いた、その旅からの記述です。

デーヴ・マッコイが僕を旅に誘うとき、その答えはいつもイエスだ。手放しで、疑う余地などどこにもない。それゆえ、モンゴルへのフィッシングトリップに参加しながら、何を釣るのかまったく知らずに到着したという人物は、僕が最初なのだ。一緒に旅するグループと落ち合ったとき、その面々については僕も知っていた。デーヴ(ベテランのフライフィッシングガイド)と彼の家族、マーク・ジョンソン(もう1人の生来のアングラー)と彼の息子、そしてフライフィッシングガイドであり環境保護活動家でもあるエイプリル・ヴォキー。釣りに関する知識が僕にまったくないことは、このグループのしょっぱなの交流で一点の曇りもなく明らかとなり、僕は自分の愚かさを、飲み干したビールグラスとともに、その最初の晩に置き去りにしたくてたまらなかった。銃でも乱射したいような気分だった。

【 夢のような緑のなかの、緑色の夢。モンゴルの高地砂漠にあるこの谷は、川によって完璧に切り開かれている。写真:Andrew Burr 】

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海が変えた僕の人生について

by 眞木勇人(パタゴニア・サーフィン・アンバサダー)

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先日、キース・マロイ監督の映画『FISHPEOPLE(フィッシュピープル)』を観る機会に恵まれました。映画はパタゴニア・アンバサダーでもあるキミ・ワーナーやタヒチのビッグウェーブサーファーのマタヒ・ドローレなど、「海」によって人生が変わった6名の人物のリアルライフスタイルドキュメンタリー。今回この映画を見て思ったのは、海と関わる皆それぞれが「海」との特別なリレーションシップがあるということ。私も例外ではなく、海から多大なる影響や恩恵を受けている。今回は私自身と海との関係について少し書いてみようと思います。 

【 台風スウェルの沖縄にて。波は、海と大自然からのおくりもの。写真:Daichi Sato 】

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ナノグリップと私の「脱げない」関係

by 岡崎友子

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私にとって水着とは、普通の服よりも多くの時間をともにする関係と言っても言い過ぎではない大切なもの。サーフトリップ、いやじつは普段から下着をつけるのはあまり好きではなく、代わりに水着を着ていることはしょっちゅう。だから脱げません。そして出掛ける用事や人と会う約束がないときなどは、海から帰ってきてシャワーを浴びたらもうパジャマみたいな格好が多いので、人前で着るもののなかでは水着にいちばん気を使います。

まあ、言ってしまえば仕事着のようなものでもあり、自分がやっていることをサポートし、よく見せてくれる手助けもしてくれる大事なものでもあります。だからこそ、水着にはこだわりたい。多くの女性が服のおしゃれにこだわるように、自分に似合う、自分らしい色やデザイン、体型をカバーするデザインを選びたい、動きやすくずれないこと、そして何よりハッピーになれる、モチベーションを上げてくれるくらい気に入っていて脱げないものを着たいと常々思っています。

そんなことから大学生のころ、水着を作りはじめました。誰も着ていない柄で作りたいけどオリジナルのプリントなど作れる資金も規模もなかったので、一枚一枚ハンドペイントでオリジナルの柄を描いて作っていました。自分の体型(チビ、お尻が大きいのに扁平で垂れている、大根足、腕が太い)をカバーし、少しでも格好よく見えるカッティングなどを研究し、一年中見る景色やふとした出来事などから柄を考えることも、大変ではあったけれどとても好きでした。

【 25年くらい前、私がデザインした柄のラインアップ。ハイレグなのが時代を物語るけど、じつは今年、ワンピースやハイレグがカムバックしている。流行はめぐり巡ってくるから、Worn Wearも取っておくのは正しい。全写真:岡崎友子 】

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ルートはつづく

by ソニー・トロッター

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「ソニー、ホールドがなかったらルートにはならないよ」アレックスがそう下で叫んだ。ハーネスを着け、気楽な様子で笑顔を浮かべて、俺を眺めている。僕はア レックスが握っている9ミリロープの先の空中18メートルあたりで、傾斜のきついのっぺりとした青白い石灰岩に突起らしきものを探していた。背後には谷底までの約300メートルに広がる森が、曲がりくねった青緑色のボウ・リバーに縁取られている。氷河からの水に満たされたこの川は、壮大なカナディアン・ロッキー山脈の真んなかにあるバンフ国立公園の、その真んなかにあるバンフのダウンタウンの、さらに中心を流れている。息を呑むほどの絶景の山々に囲まれているにもかかわらず、僕が凝視しているのは頭上にある次の1.5メートルの岩の盾だった。

「大丈夫、アレックス。ハードだけど絶対にやれるって!」と叫び返してから、 「俺がやるんじゃないけどね」と小声でつぶやいた。

【 「ザ・パス(5.14r) 」上のアレックス、地上から 最初のトライ。カナダ、バンフ 国立公園、レイク・ルイーズ。写真: Ken Etzel 】

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2007年にホクレアが日本にやって来て、今年でちょうど10年になる。

by 金子 duke

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僕はいつも海に出るたびに、ホクレアからの宿題をいまでも自分に問いかけつづけている。

陸のスピードに流されて生きていないだろうか?
テクノロジーという箱のなかだけで生きていないか?
僕らは海とつながっているだろうか?

僕は、10年前のホクレアとの出会いによって、魂の、心の目が開かれ、自分を、世界をみる目が変わったのだった。

【 全写真:yaguraphic 】

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にわか仕立て

by カール・ゾック

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僕らは切望していた。誰も通った形跡のないシングル・トラック、過酷な登り、冷や汗ものの下降、孤独、そして泥……。友人4人と、荷物満載のマウンテンバイク(速攻で詰め込んだサバイバル・スタイル)、曖昧な計画と限られた時間。濃縮された時間のなかで制限を付けずにトレイルがどこへつづくかを見てみようということで、全員が同意していた。1か月どころか、1週間でもない。にわか仕立ての1泊という時間で、僕らはなんとか求めていたものを見つけることができた。コロラド州クレステッド・ビュート必見のトレイルのちょいと先で過ごした時間は、僕らの欲望を十分に満たしてくれた。それは無論、次回までの話だが。

【 ダウンヒルをかせぐリンジー・プラント、ザック・スミス、タラ・アバティキオ。スター峠までの上りはほぼ4キロのスムーズな下降と、笑顔で痛くなる顎の筋肉という巨大な見返りをもたらす。写真:Carl Zoch 】

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ウーリー、きみはもういない。

by スティーブ・ハウス

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世界中のクライミングのコミュニティと同じように、パタゴニアも著名なスイスの登山家、ウーリー・ステックが2017年4月30日にネパールで逝去したニュースに深い悲しみを抱いています。アルピニストのスティーブ・ハウスが彼への思いを綴ってくれました。

「ある程度のリスクを冒す価値のある夢もある」
—ウーリー・ステック

ウーリーは僕にとってこれまで、そしてこれからもリーダーでありつづける。彼は改善し、鍛錬し、自分に試練を与え、再発見しつづけるための絶え間ない動機を内に秘めたビジョナリーだった。ウーリーは人生そして登攀についての偉大かつ深淵なストーリーを綴った。彼は自身の人間性、謙虚さ、誇り、そしてエゴをよく知るようになった人間で、この世界では稀な、ある種の体得した知恵をもっていた。彼は僕らに多くを教えてくれた。彼の物語の突然の終焉により、この世界は貧しいものとなった。人生の次の40年でアルピニズムを通して彼が学んだことを、僕らは聞く必要があったのだ。

【 フレンチ・アルプスのモンブラン・デュ・タキュール(4,248メートル)のスーパークーロワールを登るウーリー・ステック 】

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